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ぼくらはいつも岐路に立たされている。

騙し合いは2回まで。

案内した先は風呂場。風呂場を見た瞬間、その方の表情は曇る。そして後退りして踵を返そうとしたとき、ぼくは声をかける。

「お風呂用意したので、まず座ってもらえませんか」

「風呂はいい、お家で毎日入っている」

「まぁ、いったん座ってから考えませんか。無理に入れとは言わないので」

渋々その方は風呂場の席に座る。

申し訳ないとは思いつつも、風呂場に来る前に「風呂行きましょう」と声をかけてしまうと、その時点で拒否されてしまう。席を立ってもらうことすら難しいので「少しお話があります」というような形でご案内した。未熟なので、そのくらいの方法しか思いつかない。で、一緒についていくとそこは風呂場だったというわけだ。
今、思い返して思うのは、これは詐欺だ。「悪いようになしねーからよぉー」と言いくるめられて、信じてついて行った先は組事務所みたいな。強制的に風呂にはいるような説得はしないが、本人からしたら逃げ場のない閉塞感を感じているに違いない。本当に申し訳ない。
難しいところは、やはり脳に疾患があり、認知機能に影響があることだ。入浴拒否の原因がBPSD(周辺症状)によるものなのか、それとも自宅以外での入浴が嫌なのか、判断が非常に際どい。

一旦、午前中の入浴はあきらめて、午後に再チャレンジすることにした。

無理にお願いして入ってもらったところで、入浴に対する負の感情を抱けば今後の介助に影響してくるし、他の職員もやりづらくなってしまう。ましてや自宅で入浴しているなら無理強いして入ってもらう必要もない。

午後、再チャレンジ。

「腰大丈夫ですか?」

風呂を匂わせない声掛けから入る。その方は腰が悪く、前傾になって歩いている。

「腰が痛くてな、歩くのがつらくてな」

「腰を温めて、血行を良くすると痛みが緩和すると思いますよ。一緒に少し歩きませんか?」

「そうだな、座ってばっかおってもいかんしな」

「少し歩いて、お風呂で腰温めるといいかもしれないですね。腰が痛くて洋服着たり脱いだりすることがめんどくさいなら、ぼくお手伝いさせていただきますので」

「そうかぁ。腰温めるといいのか。まぁちょっと歩こうか」

・・・

なんだ、はじめから丁寧に説明すればよかったのか。勝手に疑って、騙すようなことをして本当にごめんなさい。

この結果はかなり大きい。

午前、無理に入浴介助していれば、本人の意思に反して介護側の都合を押し付けることになる。不快を覚えて入浴が嫌になり、そのうちデイサービス自体に来なくなる。
一方午後の入浴は、自発性を引き出して入浴しているので、とても前向きだし希望が広がっていく。

決めるのは利用者さんかもしれないが、選択肢を提示するのは介護側。

芸人時代、兄さんと二人で銭湯に行くことにハマっていた時期がある。裸の付き合いをすると距離がグッと縮まる。股間を罵り合い、タオルでしばき合いキャッキャと小学生みたいにはしゃいでいた。
「風呂上がりのビールが死ぬほどうまいっすよね。ビールジョッキ凍らしていない居酒屋はないわぁ〜」なんて、それが楽しくて銭湯にハマっていた。
「ビールまで水分我慢せいよ。飲んだらシバくからな」

ハッピーかアンハッピーか。
その介護はどちらを想像して介護しているのか。

ぼくらはいつも岐路に立たされている。

相手か自分か。はたまた生ビールか。
根気ではなく、相手の幸せを願う想像力を試されている。

介護は大変。介護職はキツイ。そんなネガティブなイメージを覆したいと思っています。介護職は人間的成長ができるクリエイティブで素晴らしい仕事です。家族介護者の方も支援していけるように、この活動を応援してください!よろしくお願いいたします。