見出し画像

そわそわして落ち着きがない。
それに不安と焦燥を胸に抱えている人間は饒舌になる。普段は黙って解くことのできなくなったナンプレと睨めっこして過ごしている午前中なのだが、ぼくが横を通るたびに話しかけてくる。歌舞伎町のキャッチか。

「あいつはいつ退院できるんだ。いつからデイサービスに来るんだ」

毎回、一語一句同じセリフ同じトーン同じテンポで話しかけてくる爺さん。ペッパーくんでももう少し気の利いた台詞回しをするだろう。
その質問が飛んでくるたびに「もうそろそろ退院するとは聞いてますけどねぇ。細かいことはわからないんですよぉ」と、目線を逸らしながら応えている。メデューサの視線には気をつけないといけない。足を止めようものなら、尋問に近い質問が飛んできて真実を語らなくてはいけなくなる。

安心してくれ。あんたの相棒は無事だ。退院の手筈も整って来週あたりにはアンタの隣の席に座っているだろうよ。とはいえ、いつも隣に座っていた友が突然デイサービスに来なくなったんだ。胸の内は察しているよ。
ただな。アンタに具体的ことを伝えてあげられないのは、個人のことをベラベラと口外してはいけない規則があるのと、もしかしたら以前とは違う状態、つまり死を纏って帰ってくるかもしれないのだ。軽はずみに「元気」とか「元どおり」とか選ばない言葉は使えないかもしれないのだよ。

焦るな。落ち着け。取り乱すな。
俺だって意味もなくフロアの同じところを行ったり来たりしているんだ。わかるだろう?気づかないか?何度もアンタの脇を通り抜けている無様を。

同世代は鏡の中の自分を映し出している。
同世代の離脱が自分の人生の結末を近づけていく感覚。
そういえば同級生、2人目が生まれたってな。

「あいつはいつ退院できるんだ。いつからデイサービスに来るんだ」

また同じ質問だ。
そんなに真実が知りたいか。

ならば教えてやるよ。

アンタに会いたがっていると。
伝えておくよ。アンタが会いたがっていると。

介護は大変。介護職はキツイ。そんなネガティブなイメージを覆したいと思っています。介護職は人間的成長ができるクリエイティブで素晴らしい仕事です。家族介護者の方も支援していけるように、この活動を応援してください!よろしくお願いいたします。