創作小説『鳥の骨格標本に左右される猫は、猫を超越しうるか?』⑤

失敗と小さな怒り

それから二週間が経過した。パンダ親子が引っ越す様子は微塵も見られない。

タンチョウからの情報によれば、スピリチュアルだか風水だかによると鳩の羽は吉報らしく、パンダ夫人は盗撮を差し引いても引っ越はしたくないらしい。パンダ夫人の脳内が予想以上にお花畑だったことは、計画に大きな誤算をもたらした。鳩の羽動画自体もSNSですっかりスルーされて拡散せず、メディアが取り上げることもなかった。この世界が猫に味方してくれることはないのか。

パンダ夫人は盗撮の件を警察に知らせようとしたらしいが、大家のヒグマにアパートの資産価値が下がると言われて止められたようだ。

コンビニで弁当を買った帰りに掲示板を見てみると、紙を突き破るほどの筆圧で“日曜日の朝9時からアパートの住民会議開催。全員参加のこと”と書いてあった。嫌な予感とめんどくさい感情が入り混じる。

当日は会議とはいいつつ、203号室のヒグマの部屋には全員入り切らないからと住人は駐車場に集められた。ヒグマの隣には新妻の雪豹が飾り物のように立っている。仔パンダを背負った403号のパンダ夫人、402号室のミカドキジ、302号の白頭鷲、301号室のタンチョウ、102号室のエゾリスおばさんといった面々が集う。駐車場でヒグマの演説を聞いている時間は、全く関係のないキジたちにとっては日曜の朝を無駄にする以外の何ものでもないだろう。タンチョウはあくびをしている。

「ネットに上がった動画からするとドローン撮影のようです。犯人がこのアパートの住人でないことを強く願い信じています。がしかし、用心はせねばなりません。何か些細なことでも気づいたら必ず知らせてください。必ずです」

大家のヒグマはおよそこのような内容を、ワードだけ変えて35分間ずっと繰り返した。そしてやはり資産価値を気にしているのか、警察に届けることはしないようだ。

果たしてヒグマは盗撮の犯人まで探そうとするだろうか。アパートの評判にも関わってくるので放ってはおかないかもしれない。部屋まで入ってきてコーヒーを飲み、数時間無言で居座るような太々しい粘着気質のヒグマなら、何か理由をつけて各々の部屋に入って嗅ぎ回ることもあり得る。ただ、彼が警察に通報せず独自調査するというのはこちらとしては好都合だ。

みんなも現時点では特に怪しい者を目撃したことなどなかったようで、ヒグマの演説後に駐車場での会議はすぐに解散となった。

住民会議のあと白頭鷲の部屋で缶ビールを開ける。

「とりあえずドローンの料金を払ってくれないか」

白頭鷲は深刻な顔をしながら言った。盗撮問題を起こしたドローンを引き取らないのは大前提のようだ。こいつは大家のヒグマとの直接的なトラブルを避けたいのだろう。

十三万円と言われ、仕方なく近所のコンビニでタバコを買うついでにATMから引き出し、戻って支払った。

部屋に帰ってドローンの型番をネットで検索したら価格は税込十二万五千円だった。もしかして笹占いのヴィジョンで見えた犠牲者、鳥の骨格標本は白頭鷲の未来ではなかろうか。

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