創作小説『鳥の骨格標本に左右される猫は、猫を超越しうるか?』③

正義の説教

隣の部屋に住む白頭鷲だが、さらにその隣で暮らすタンチョウから聞いた話では軍人上がりの警官でなかなか優秀だったが犯人逮捕に際して暴力をやり過ぎてしまうことや、思い込みの激しさによる誤認逮捕、証拠捏造が多かったせいで数年前に勤続10年にして懲戒免職になったらしい。今は大手ネットショップの倉庫で働いている。

いろいろと残念な奴ではあるが、白頭鷲は夕方にいつもベランダからビールを投げてくれるので、2年前にここに越してきてからというもの、タバコを吸いながら喋るには丁度いい相手だった。黙っていても勝手に喋り続けてくれるので気が楽だ。いつもこちらがどう反応しようがお構いなしのように警官時代の自慢話を続ける。

しかし今日はいつもと違った。

「パンダ夫人の図体にビビってお茶を濁しただと?お前の正義は一体どこに逃げたんだい?」

煙を吐きながら上の階にクレームを言えなかったという報告をしたのだが、どうやらそれが彼の正義についての思想に触れてしまったようだ。権利関連の話になると正義のスイッチが入ることを忘れていた。正直めんどくさい。以前もこんなことがあった気がするが、とてもめんどくさかったこと以外の詳細は忘れた。

「お前はパンダ夫人と同額の家賃を払っているくせに、安眠という正当な権利を侵害されているんだぞ。ついでに大家のヒグマが見て見ぬ振りをしているのも論外だ。こうなったら俺が全力でサポートしてやる」

そこまで意気込んでなぜ結論がサポートなのか。いっそお前がパンダ夫人かヒグマに直接文句を言いに行ってくれたら手間が省けるのに。

白頭鷲はベランダ越しに、少し前にネットショップで買ったというドローンを渡してきた。

「今こそ正義が遂行されるときだ」

白頭鷲は一番星を見上げながら、羽の筋肉をヒクヒクさせていた。彼は家の中に入る前にこう付け加えた。

「ドローンは正義を遂行したら返して欲しい。万が一まずい事態に陥った場合は、俺が渡したことは一切黙秘してくれ」

気怠く煙を吐いきながら、彼が羽をたたんで部屋に入るのを見送った。

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