普段、漠然と用いている「芸術」という概念について、少しばかり考えてみる。
芸術とは何か-01

普段、漠然と用いている「芸術」という概念について、少しばかり考えてみる。

 「芸術 art」という言葉を聴くと、それが何百年、はたまた千年以上も前から存在するものであるかのように受け止められがちですが、実際のところ「芸術」という概念が成立したのは、意外かもしれないが18世紀半ばとされています。……つまり、せいぜい三百数十年前に登場した概念なのです。

 その成立史を追う……なんて話になると、書くのも読むのも骨が折れるので、ここはクラシック音楽をより適切に理解するのに役立つ18世紀から19世紀(1700年代~1800年代)にかけての芸術観の変遷を要約してみましょう。

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)現在、「芸術」と訳されることの多い、英&仏:art/伊:arte/独:Kunstという単語は、本来的には「技術(、技巧、技能など…)」という意味で使われていた。

)現在における「芸術」概念の礎となったのは、ドイツの哲学者バウムガルテンによって18世紀半ばに新しく打ち立てられた「美学 Aesthetica」という学問。ここで「芸術」は、「感性」と「美」とあわせて三位一体の分かちがたいものとして語られている。

)そして、この頃(18世紀まで)のヨーロッパで支配的な価値観は「芸術(技術)は自然を模倣する」という考え方(ミメーシス論)。これはもとを辿れば古代ギリシア時代、アリストテレスの著作に由来を持っている(※正確にいえば、アリストテレス自身の考えというよりも、誤読によって生じたものだという)。

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抽象的な話が続くと、頭に「?」が並んでしまう方も多いと思いますので、突然ですがここで問題です!

下記の文章は、ある音楽家を批判している文章です。一体、誰に対する批判でしょうか?

ごてごてした飾りの多い混乱した性質によって自分の作品から自然さ〔Natur〕を奪ってしまわなければ、そしてその美を過大な技巧〔Kunst〕によって曇らせるようなことがなければ、彼は全国民の驚嘆の的となっていたことでしょう。 〔……〕 彼は、装飾音やこまかい装飾、その他奏法のすべてを、本当の音符を用いて書き表すのですが、これが彼の作品から和声の美しさを奪うばかりではなく、旋律の流れをもまったく聴きとれなくしてしまいます。全声部が絡み合いながら、同じだけの重要さでもって労作されるので、主声部を見分けることができません。(木村佐千子 訳

シンキングタイム、スタートっ! 答えはスクロールすると出てきます。












答え:
J.S.バッハ (1685-1750)

そして、批判をしているのは、バッハよりも23歳年下の作曲家、J.A.シャイベ(1708–76)です。「シャイベって誰?」……とお思いの方、ご安心ください。今や忘れ去られた存在の作曲家で、基本的にバッハを批判したこの件だけで知られている人物です。

この1737年に発表された文章において、シャイベが具体的にはバッハのどの楽曲を想定して批判しているのかは分からないのですが、この2年前(1735年)には反対に、バッハが作曲した《イタリア協奏曲》を絶賛しています。

J.S.バッハ:イタリア協奏曲 BWV971 (1734)

「全声部が絡み合いながら、同じだけの重要さでもって労作されるので、主声部を見分けることができません」という理由で、シャイベはバッハの音楽を批判していますが、この《イタリア協奏曲》は主旋律が明確なため、その批判にはあたらなかったのでしょう。

しかし、多くの方がご存知のようにバッハ作品において、複数の声部が複雑に絡み合うことが多く、「メロディーと伴奏」というシンプルな形態をとることばかりではありません。

例)J.S.バッハ:前奏曲とフーガ ホ短調 BWV548(通称「楔」)

このように「芸術(技巧、art、Kunst)」という概念を考える上で、「自然」というキーワードはとても重要視されるものなのです。しかし、技術と訳されることからも分かるように「art」や「Kunst」には人の手の入った人工物というニュアンスも含まれています。つまり、(人の手が入っていない)自然と対置されるはずの概念でもあるのです。このねじれは長きにわたり、芸術観に影響を与えることになります。

さて、ここまでは18世紀半ばの話。18世紀の末になると、芸術という概念を考える上で重要なイマヌエル・カント (1724-1804)による『判断力批判』(1790年出版)が登場します。

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)「英:art」や「独:Kunst」は「技術」と訳すことが出来るが、技術の全てが芸術であるわけではない。そこで、カントは技術を自然と対置するものとした上で、下記のように分類し、この中で能動的に読み解く能力を要する「美しい技術」に分類されるものこそが「芸術」であるとした。

技術―┬―機械的技術
   └―美的技術―┬―快適な技術
          └―美しい技術

※機械的技術……目的合理性のあるもの
※快適な技術……受動的に受け取るもの
※美しい技術……能動的に読み解くもの

)ところが、カントは音楽について次のように語り、

音楽は、詩よりもいっそう多様な仕方で我々の心を動かし、また一時的にせよいっそう深い感動を我々に与える。しかし音楽の旨とするところは、心の開発(文化)というよりもむしろ享受(娯楽)である。したがって、理性の判定に従えば、他のどの芸術よりも低い価値しかもたない。
(村田英雄訳に基づき向井大策氏が改訳)

更には「押し付けがましく、音楽のための集まりの外にある人達の自由を侵害するもの」「香水をふりかけたハンカチをポケットから取り出す」のと同じとまで蔑む始末。つまり音楽を受動的に受け取る「快適な技術」に分類し、真の意味で芸術とはみなせないとした。

)カントは、それでも「芸術(技術)は自然を模倣する」という考えを引き継いでいたが、フリードリヒ・シェリング(1775-1854)は「単に偶然的に美しい自然が芸術に対して規則を与える、などということはそもそもありえない」とし、自然模倣論から芸術を解き放つ。

)カントを下敷きにしながらも、音楽を芸術として高く評価しようとしたのがブラームスの理解者として音楽史に登場するエドゥアルト・ハンスリック(1825-1904)。「音楽にとっては自然美は存在しない」と主張し、こちらも自然模倣論から音楽を開放。自己の内面と向き合って作られる器楽作品こそが、芸術的であるとした(※絶対音楽の方が高尚であるという考え方のはしり)。

)シェリングやハンスリックの考え方からも滲み出ているように、19世紀になると芸術観は自然模倣論から離れ、芸術は「人間が創りだすもの」だとか「人間の創造性が最大限に発揮される分野」という価値観が強くなる。

)19世紀末になると、美学から芸術学が独立。芸術にとって必ずしも「美」という概念が重要ではなくなり始める

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駆け足で、18世紀から19世紀にかけての芸術観の変遷について追ってみましたが、いかがでしたでしょうか? クラシック音楽を「芸術」として捉えるときに頭に浮かぶ複合的なイメージは、歴史的な変遷のなかで生じてきたものだということがご理解いただけたかと思います。

ジョン・ケージやマルセル・デュシャンの例を出すまでもなく、実際は20世紀以降も芸術観が大きく変化していっているのですが、それはまた別の機会に。

主要参考文献小田部 胤久『西洋美学史』(東京大学出版会, 2009)

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小室 敬幸

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ライター、ラジオパーソナリティ、大学教員として、音楽全般(特にクラシック、ジャズ、映画音楽など)を深く掘り下げて、分かりやすく伝えるお仕事をしています。OTTAVA(ラジオ/月18-22時)に出演中、TBSラジオも好き。/お仕事依頼は⇒ komuro@reclassica.com