見出し画像

捨てられたチョコ

転校生のアケミと2人でつるむようになってから、些細な嫌がらせはあったが、学校で表だった嫌がらせはなくなった。

部活がない放課後は帰りにアケミの家に寄り道してから祖父母宅へ帰る。
アケミのお母さんはとてもさばけた人で、アケミが唯一連れてくる私という友人をとても歓迎してくれた。
『レナちゃんみたいな人とお友達になりなさい、レナちゃんアケミと仲良くしてくれていつもありがとうね。コラ!タバコ吸うんじゃない!もーまったく、レナちゃんからも言ってやってちょうだい!』とアケミのお母さんは言うのだが、当然やめない。
私みたいなの(しかも母子家庭の)と友だちになれってどういう意味なのか、最初は全く分からなかった。それは後々アケミの口から直接聞くことになる。

そろそろまたバレンタインの季節だ、今年はアケミの提案で、2人で休日アケミの家で手づくりチョコを作ることに決めた。

2年生になってミッちゃんを追いかけまわしていた私は、どうやら自分がミッちゃんから避けられている事に気づくようになった。

バスケ部を覗きにゆうちゃん友だちとキャーキャー騒ぎ、体育祭ではリレーのアナウンスを担当した。ミッちゃんはとても足が速く、マラソン大会でも陸上部を抜いて毎年1位、体育祭で1番盛り上がる色別対抗リレーのアンカーにも選ばれていた。
ミッちゃんは青組だったのだが、大興奮した私は
『青、青組が赤組を抜きました!速い、青速い!白組を抜いて堂々青組が1位ゴールしましたあぁぁぁぁ〜!』と、ド派手な実況中継のマイクパフォーマンスをしてしまった。ミッちゃんは1位でゴールしてもフッと笑うだけ、他の男子のように、うおー!っしゃー!とか間違っても騒がない。後で友人らに『レナちゃんのアナウンス、ミッちゃんの時だけすごかったよね…』と苦笑いされた。

私のミッちゃん好きは、クラス中、いや、バスケ部中…に広まっていた。ミッちゃんは女子とほとんど口をきかないクールな男子だ、私がキャーキャー騒ぐのが相当鬱陶しかったんだろう。明らかに避けられ、嫌われているかもしれないと思った。いや、嫌われていたに違いない。クラスが離れていても、そういう負のオーラは自然と伝わってくる。
悲しいの半分、悔しいの半分だった。

バレンタインどうしよう…嫌われてるのにあげても受け取ってもらえないかもしれない…やめよっかな。

それに私は気の多い女で、ミッちゃんは不動の第1位なのだが、なんと第7位くらいまで好きな男子がおり、その順位は自分の気分次第でコロコロと入れ替わった。
同じバスケ部の武田くんや淳一、野球部の三木、剣道部の純くんに秀才ムッツリの村田くん、最近転校してきた仲村くん…数えだしたらキリがない…自分でも嫌になるくらい気の多い女だった。(当然誰にも言えなかった)

バレンタイン前の休日、アケミの家で2人でせっせとチョコレートを溶かし、型抜きしたりコーティングしたりして完成させ、可愛くラッピングもした。アケミはどうやらミッちゃんと常につるんでいる大人っぽく背が高い岩田くんにあげるつもりらしい。完成したチョコを2人で眺めては喜び、残ったチョコをアケミとつまみ食いしては笑った。行くアテのないチョコレートを前に私は内心複雑だった。

淳一は優ちゃんや学年の何人かの女子があげると既に聞いている、モテるからいっぱい貰うだろうし、普段から仲の良い隣の席の私があげたところで淳一は何とも思わないだろう、もっこりーず軍団のボス猿の森と仲は良いが変に勘違いされて言いふらされたらシャクに触る、やめた。野球部の三木も最近色気づいて何かヤダ…前日まで悩み抜き、いつも数学を教えてくれる、私に“ケバ奈″とあだ名をつけた真面目な武田くんにあげる事に決めた。

バレンタイン当日、朝からチョコを誰が誰にあげるか皆それぞれのアンテナを張っている。男子はソワソワする者も居れば、バレンタインなんてチョコレート会社の戦略だと大声で話す者もいる。登校したと同時に誰々からもらったと話している者もいる。当時、バレンタインデーの日に欠席する男子は″誰からももらえないからあえて風邪をひいたフリをして休んだ″とからかわれていた。

当の私は、今年はミッちゃんにあげるもんか!ミッちゃんはモテるから、彼女の正代ちゃんや綾たちファンクラブから散々もらえばいい!私は武田くんにあげるんだから!と半ば投げやりな気持ちで一日を過ごした…が、武田くんに渡す機会を逃してしまった。武田くんの周りにはいつも男子がたくさんいる、彼も人気者であった。

放課後、部活に行ってしまった武田くんに渡すチャンスは、同じバスケ部員に頼むしか思いつかなかった。とりあえず渡してくれそうな男子部員…見つけたのはあまり口をきいたことのない野村くんだった。
『野村くん、あのね、チョコなんだけど…』
と言いかけたところで、野村くんがビックリした顔をして私を見る。その次にすごい笑顔に変わった。あ…勘違いされてる…ヤバい。
『ゴメンなんだけど、武田くんに渡してもらえる?部室にもう行ってると思うんだ、頼んでごめんね』と野村くんに詫びた。野村くんは一瞬残念そうな顔をしたが、すぐにオッケー!と返事をしてくれた。あぁ良かった…でも野村くんに悪いことしたな、と心がチクリと痛んだ。

その後私も部活に行き、ゆうちゃん友だちや他の部員と誰に渡したか大盛り上がりして帰宅した。武田くん、私からのチョコびっくりしてるかな…なんて1人でニヤけながら。

甘かった。というより現実は悲惨そのものであった。

翌日、いつものように“ケバ奈、おはよ″と武田くんが言ってくれるものだとバカな私はクラスに入った。
武田くんは私を見るなり急に教室から出て行った。アレ?おかしいな。昨日野村くんに頼んだはずなんだけどな…。

バレー部女子の正子がニヤニヤしながら私に近づいてきて『レナちゃん、昨日ミッちゃんじゃなくて武田くんにチョコあげたんだって?知ってるよー』と話しかけてきた。何で知ってんの?アンタが、と思いながら平然を装った。

『武田くんにあげたチョコ、どうなったか知ってるー?私も別の男子から聞いたんだけどね、野村くんが部室でみんなの前で武田くんをからかってレナちゃんのチョコ渡したんだってー、そしたら武田くんみんなにからかわれて怒ってレナちゃんのチョコを部員みんなの前で捨てたって話、レナちゃん聞いてないの〜?あーかわいそ!』と正子が得意げに嬉しそうな顔で一気に捲し立て私に話す。
『でね、そのチョコ捨てられちゃったから後輩か誰かが“片付けた″らしいよ!野村くんもひどいよねー、渡す時からかうなんて、レナちゃん知らなかったの?』と正子は意地の悪い口調で楽しそうに私に一部始終を話してプイッと去って行った。

何それ…今初めてきいたわ、それで武田くん気まずいからさっき目逸らして教室から出て行ったんだ…野村くんがからかった?あ、でもあり得るかもしれない、最初自分のチョコだと勘違いしてたもんな…ていうか、噂話大好き正子が知ってるくらいだから、もうそこら中の女子や男子、皆に言いふらしてるはずだわ…さ・い・あ・く!あげるんじゃなかった!!人づてにあげた私がバカだった!!


涙が込み上げてきて、こぼれ落ちそうになったけれど、ここで泣いたら皆の笑い者になるだけだ、と歯を食いしばって我慢した。


正子が私に話した内容はどうやら本当だったらしい。大人しい小川くんに聞いてみたら、言いにくそうな顔をして彼なりに言葉を選びながら話してくれた。
それから武田くんは、気まずいからなのか罪悪感なのか分からないが、一切口をきいてくれなくなった、卒業するまでずっと。

バレー部の正子や葉子、バスケ部の陽子が武田くんの事を好きらしいことは、普段の態度から見て何となく分かっていた。彼女らは“ざまあみやがれ″みたいな顔をして、一日中楽しそうにクスクス笑いながら私の顔色を見ては、またコソコソと話して笑っていた。

チョコを渡してほしいと頼んだ野村くんも私の姿を見るなり逃げた。やっぱり正子が私に話した事は本当だったんだ。ちくしょう!あげるんじゃなかった、人に頼んだらロクな事にならない、、、いきなり地獄に突き落とされた気分で、真っ暗な気分のまま一日が過ぎ、帰宅して1人で大泣きした。悔しくて悔しくて、情けなくて。
同じ捨てられたとしても、やっぱりミッちゃんにあげればよかった…。ミッちゃんも全部見て知ってるだろうな。私のバカバカバカ!

心の底から後悔して、同時に自己嫌悪に陥った。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?