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私を 想って 第三話

 昨夜はなかなか寝付けなかったが、夏休み最初の日はいつもより早く目覚めた。確実に寝不足だけど、ゆっくり寝ていたい気分にはなれない。

「おはようございます。あの、何か手伝うことってありますか?」
 台所に立つ涼花さんに声をかける。

 ここ数ヶ月、毎日目にしてきた当たり前の光景。今日も同じく涼花さんが台所にいることに、ほっとした。
「おはよう。食事の準備はほとんど終わっているから、手を借りなくても大丈夫よ」
 食卓には茶碗も箸もおかずも並べ終わっている。

「いえ、そうじゃなくて……その、涼花さんの仕事の方です。午前中とか、何か手伝えることあるかなと思って」
 涼花さんが今作業しているのは、お店で出す料理の仕込みだろう。その仕込みも、もうすぐ終わりそうで流し台の上に並んだタッパーは、フタをするだけでよさそうだった。
 涼花さんが「そうね」と首をかしげて少し考える。
「土いじりは、大丈夫? この時期は草がすぐ生えてくるから、草取りとか、お願いしてもいいかしら」
「はい、大丈夫です」
「それじゃ、朝ご飯食べ終わったら、準備して一緒に行きましょう」
 涼花さんが心から嬉しそうに微笑む。花のような人だな、いつも笑顔を見て思う。

「そろそろ和さんを呼んできますね」
「うん、お願いね」
 台所を出て和さんの部屋に向かった。
 昨夜感じた不安は、今朝になっても私の中に残っていた。万が一父が帰ってこなかったら、私はどうなるのか。どんよりと広がる雨雲のように心の中を薄暗色で埋めている。
 篤人が失踪なんて大げさな言葉を使ったからかもしれない。今まで父が帰ってくることを一度も疑ったことがなかったし、その可能性を考えもしなかった。
 今もそのことを考えると、胸の底にある冷たい欠片が大きくなっていく。
 それを無理やり抑え込んで、和さんの部屋に入る。

 布団の中で和さんは気持ちよさそうに寝ていたので足音を立てないように近づいてじっくりと観察した。
 もうすぐ八十を迎える和さんの、閉じられた瞼の横には深いしわが刻まれている。それだけじゃない、顔中しわだらけだ。布団から飛び出した手の甲にも、中身がしぼんでふやけたようなしわができていて、髪の毛はつやがなく、軽くぱさぱさした感じだった。唇も乾燥している。
 私は和さんが今でも少しだけ怖い。和さんというより、お年寄り全体に対する恐怖を持っている。何がどう怖いのかわかってないけど、怖いという感覚だけはあった。

 私にとって、和さんが初めてできた祖母だった。父も母も親類とは付き合いがなく、私には祖父母という存在に会ったことがない。
 大家さんはおばあちゃんと呼ぶような年齢ではなかった。お互いに話をしなかったし、よくご飯をもらっていてけれど、仲が良かったわけではない。「お父さんに頼まれているから、ちゃんと食べるんだよ」と言っていた。私は目も合わせず頷き急いで食事を食べ自分の家へ帰っていく。小さな世界で日々を暮らしていたように思う。

 だから身近にできた初めてのお年寄りが和さんだった。
 和さんの妹である妙さんはよく遊びに来ているけど、和さんとは年が離れているからか、すごくお年寄りという感じはしなかった。だから、私の知るお年寄りといえば、和さんだけ。ほかの老人がどんな感じなのか、今もよくわからない。
 部屋を横切り、縁側に出てカーテンを開けた。砂利を敷き詰めた庭と、梅の木が見える。
「だあれ」
 背後で和さんの声がした。
「おはよう、和さん。まあちゃんだよ」
 振り向くと、和さんが布団の上に起き上ってこちらを見ていた。
 私をじっと見つめる目は出口のない闇のように真っ暗で思わずその姿を見て悲鳴を上げそうになり、ゴクンとつばを飲み込む。
 縁側と部屋を仕切る障子は、半分だけ開けてあった。その向こうの少し薄暗い部屋。そこにいる和さんを見て、忘れていた記憶を思い出した。

 それは小学校に入ってすぐのことだったと思う。
 近所に住む同級生がいた。ごちゃついた街並みの中にそこだけ日が当たっているような家に住んでいたみっちゃん。三世代で住んでいて、平屋の大きくて古い家はいつも賑やかだった記憶がある。
 クラスは違ったけど、朝も帰りも一緒に登下校していて、みっちゃんは私と違っておしゃべりで元気いっぱいな、いかにも末っ子の甘えん坊代表のような存在だった。私とは全く共通点がないようなみっちゃんだったが、なぜだか仲良くなって登下校するようになり、放課後はそのままみっちゃんの家で遊ぶことが多くなった。一緒にいてもみっちゃんの話しに頷くだけで喋らなくても会話が成り立つので楽だったし、みっちゃんの家に行くことが楽しくなっていた。

 みっちゃんの家に行くと、それまで見たことも食べたこともないお菓子がたくさん出てきて驚くことも多かった。日当たりのいい縁側で、抱えきれないほどのおもちゃや、人形を並べて遊んでいた。絵本も山のようにあった。
 ある時、縁側にみっちゃんがにこにこして漫画を抱えてきた。
「これ面白いんだって」
 目の大きな少女たちが表紙を飾っている厚い本。みっちゃんには年上のお姉さんがいたから、たぶんそのお姉さんの本だったのだろう。
 みっちゃんと二人で漫画を読んでいるとき、ふと視線を感じて部屋の奥を見た。
 薄暗い畳の部屋。その奥には、襖で仕切られ、さらに部屋が続いていて、その襖が少しだけ開いていた。
 暗くてよく見えない襖の向こうから、誰かがのぞいている。暗闇の中で、のぞいている眼だけがぎらりと光っていた。
 しばらくすると、襖の隙間が大きくなった。少しだけ部屋の奥が見えた。
 布団が敷かれている。そこに誰かがいた。

 体は小さかった。大人じゃない。子供?
 まばらに生えている長い髪の毛は、白い。え? 大人なの?
 その誰かは、じっとこっちを見ていた。枝のような腕を私に向け伸ばそうとして前のめりに体制が変わった。生まれてはじめて怖くて鳥肌が立った。

「みっちゃん、あのさ、あそこに誰かいるの?」
「ああ、大ばあちゃんだよ」
 みっちゃんは何でもない様子で、部屋を横切り、襖をピシャンと音を立てて閉めると、また縁側に戻ってきて何事もなかったように漫画を読み始めた。
 みっちゃんの家に大ばあちゃんがいることを初めて知った。布団の上にいた小さくてしわだらけの、大ばあちゃん。
 いつもにこにこしてお菓子を出してくれるふっくらと優しい笑顔のおばあちゃんとは、少しも似ていなくて体からは生気が感じられないのに、目だけは鋭く光っていた。
 得体の知らないものと出会った恐怖で悪夢を度々見るようになりあれ以来、みっちゃんの家には遊びに行かなくなった。

 怖かったのだ。
 薄暗い部屋でずっと過ごしている大ばあちゃんの存在も、それをまるでいないかのように生活しているみっちゃんの家の人達も。
「みっちゃん……」
 みっちゃんがふすまを閉める瞬間、大ばあちゃんのしわがれた声が耳に残ってしばらく離れなかった。
 それ以来、お年寄りは私にとってホラーとなり自然とお年寄りと距離をとるようになった。

 起き上った和さんの姿と、記憶にある、あのときの大ばあちゃんの姿が重なってしまい鼓動が速くなり手が汗ばむ。
「おはよう、まあちゃん。今日も良い天気だね」
 和さんがのんびりと挨拶をした。
 あの頃の私は、お年寄りを得体の知れないものとして認識していた。
 人は知らないものに恐怖を感じるという。きっと私もそうなのだろう。ここで暮らすようになって、和さんに接し、お年寄りがどういうものか少しずつわかってきた。私の抱えていた恐怖も、同じだけ少しずつ減ってきたのだと思う。
 みっちゃんのことをすっかり忘れていたのは、お年寄りに対する恐怖からだったのかもしれない。

「和さん、良い天気だね。今日も暑くなりそうだよ」
 カーテンを束ねて、和さんの横へ行く。和さんは優しい目をしていた。

 何も怖がらなくていい。もう怖くない。

 皺だらけでかさかさの肌も、かすれた声も、怖がる必要はない。
「着替えたら朝ご飯にしよう」
 私は和さんに声をかけて、完璧な笑顔をつくった。

 朝食の後、近所の砂山さんが和さんのところに遊びに来た。今日は妙さんもやってくる日だから家の中が賑やかになりそうだ。涼花さんは、砂山さんに少し外にいますから、と声をかけた。砂山さんは、若い頃いろいろと和さんにお世話になったからね、とよく言っている。和さんよりは少し若いように見えた。砂山さんに頭を下げて挨拶をする。
「いってらっしゃい」
穏やかな笑みと声で砂山さんは私たちを見送ってくれた。

 涼花さんと一緒に外に出ると、空の青さや健やかな暑さに身体が浄化されるような感覚になり、自分も植物になったような気分になる。体を伸ばしたい衝動を抑えて涼花さんを盗み見た。大人なのに可愛らしいな。涼花さんと自分を比べて劣等感をもち、その気持ちに気づき、いつもどんなときも自信がない自分に苦笑いしてしまう。 
 二人とも麦わら帽子に、エプロン姿。涼花さんが操る猫車には、鎌と園芸ハサミ。長靴とアームカバー。それに水筒が載っている。
 最初は私が猫車を操縦しようとしたのだが、バランスが取れず断念した。簡単に操る涼花さんからは「すぐに慣れるわよ」と言われた。
 なぜ、この作業用の一輪車を猫車と言うのかは、涼花さんも知らないらしい。この辺りの人たちは、猫車ではなく、単に『ネコ』と呼ぶこともあるようだ。
 少しも似てないけど、何か、猫に関係しているのかも。
 バランスをとるのが難しいから、猫のようにバランスが良くないと使えないから、とか……考えてもわからない。ここに住むようになり、私は知らないことが多いことを知った。 

 和さんに朝言った通り、今日も猛暑日のようだ。太陽の光が地面に突き刺さっているように感じる。
 周りを見渡すとぐるりと山が囲んでいて、山に縁取られた空には、小さな雲が所々に浮かんでいる。

 何度見ても空が青かった。

 濃くて鮮やかな青。
 青い空を見るだけで、こんなにも気持ち良くなれるとは、ここに来るまで知らなかった。
 前に住んでいた所では、まるで灰色のフィルターを通して見ているように、空の色はかすんでいたから。

 家の前に広がる畑は、以前住んでいた借家が何軒か建ちそうな広さで、昨晩食べたキュウリもトマトも、この畑で涼花さんが作っている。
 畑の向こうには川が流れていた。左手に見える橋を渡って、自転車で十五分ほど走ると高校に着く。高校は、山の向こうからバスで通ってくる子もいた。

 県を越えて引っ越した先は、文字通りの山の中だった。車で少し走れば海もある。今まで住んでいた場所とは違い自然が多い。
 転校先の高校について、私からつけた条件は、家から近くて勉強に力を入れていない学校。それ以外は全て父と涼花さんにお任せした。どこの学校へ通うのかは、私にとって重要ではなかったからだ。
 転校先の高校は今まで通っていた学校より小さく、人数も少ない。どこかの高校の分校舎と呼んでも差し支えなかった。まさに田舎の高校代表といえるたたずまいに清々しささえ感じた。
 高校へ続くその橋を渡らず、川沿いの道をまっすぐ行く。
 しばらくすると道の突き当たりに一軒の家が見えてくる。篤人の家だ。
 その手前の左側にある畑が、私と涼花さんの目的地。
「さあ、着いたわよ」

 そこを畑と呼んで良いのか、私には分からなかった。畑は大小様々な緑で覆われていた。家の前の畑は、畝が綺麗に並び、作物が種類ごとに育てられている。それに比べ、この畑は無秩序に草が好き放題に生えまくっている感じだった。
 家からも離れている場所だし、この生えている草たちを取り除き、これから畑として活用するのだろうか。
 今からの作業を思うと、手伝いと申し出たことを、ちょっとだけ後悔した。

「この草は、牧草……じゃないですよね。これを全部抜くんですか?」
「え? 違う違う、抜いちゃダメよ」
 涼花さんが笑いながら首を振る。
「鞠毛さんは、植物に興味ある?」
「うーん、花は好きだけど、手入れしようとは思わないし、興味とは違うかもしれません」
「それなら、ハーブって知ってる?」
「お料理に使ったりする、薬草みたいな植物、でしたっけ?」
「半分正解かな。とりあえず、香りのある、役に立つ植物。こんな感じに思ってもらえるといいかも」
 涼花さんが目の前の草の葉をちぎって渡してくれた。
 ちぎった瞬間から、辺りにすがすがしい香りが漂い思わず大きく空気を吸い込む。
「かいでみて」
 渡された葉を鼻に近づける。漂っていた香りが一気に強くなった。
 清涼感のある香りが、スーッと鼻の奥に抜けていく。
「それはミント」
「ミントって、チョコミントのミントですか?」
「そのミント。この畑に生えている、一見草にしか見えない植物はみんなハーブなの。そこのとがった形のものは、レモングラス。こっちはラベンダーよ。向こうには、セージとか、マロウもあるの。名前は、聞いたことある?」
 あいまいに頷く。
 名前だけは聞いたことがあるものもあったけれど、知らない方が多い。
「どれでもいいから、こうして葉っぱを触ってみて。それぞれ違う香りがするから」
 試しにラベンダーの手前に生えている草をつまんでみた。地面を覆うように広がっている。細い茎がいくつもからまり、絨毯のような層を作っていた。まるで小さな森のようだ。

 指先よりも小さな葉っぱをつまみ、匂いをかぐ。ミントとは違う香り。草というより、木に近い香りがする。
「それはタイム。お料理にも使ったり、のどにいいから、咳が出るときは、タイムティーとして飲んだりするわね」
「ここに生えている草が、全部ハーブなんですか?」
「ええ、そう。手入れが追いつかなくて、今は雑草も生えているけどね」
「ハーブと雑草の見分けって、つくのかな……」
「慣れればすぐにわかるわよ」
 種類の違う草が生えていることはわかるけど、どれがハーブでどれが雑草なのかは、判断がつかなかった。
「もし間違ってハーブを抜いても気にしないで。強い植物だから、すぐに植えれば、元にもどるから」
「ここの草……ハーブは、全部食べたり、飲んだりできるんですか?」
「ほとんどだけど、全部ではないわ。香りを楽しんだり、お花を楽しんだりするものもあるの。基本的にハーブには虫もつかないの。だからここのハーブは全部無農薬で育てているから、間違えて口に入れても安心よ。かなり苦い味のハーブもあるけどね」

 そっとラベンダーの葉に触れてみた。
 爽やかな香りが広がる。ミントとも、タイムとも全く違う香りだ。
 ハーブの香りは、川の土手に生えている雑草の、青臭い草の匂いとは、明らかに違っていた。

「今は、ハーブとか自然の植物、食べ物が人気があって、こういう草にしか見えないものも、売れる時代なの。ハーブを少しお料理に使うだけで、ハーブ料理として特別感が出るのよ。実際、お店で人気のメニューも、ハーブ関係がほとんどなの」
 ハーブについて話をしている涼花さんは、いつもより目を輝かせていて本当に好きなんだなぁと気持ちが伝わってきた。
「だから、こうして手入れをするのも仕事のうち。今は、植物に触れているときが一番幸せだから、ありがたいわね」
 ハーブを触って香りを楽しむ涼花さんは、確かに幸せそうだった。

「こっちにいたのか。ここって何度来てもいいよね」
 こんにちは! と篤人が突然やって来てびっくりした。まぁいつでも突然だけれど。
「何度来てもって、篤人はここによく来るの?」
「ときどきね」
「篤人君は、レモングラスが好きなのよね」
「そう、この香りが一番好き」
 篤人はそう言ってススキの葉っぱにしか見えない葉を根元近くからブチンとちぎると、鼻の下へ持っていった。
「ちょっと篤人、何してるの! そんなにちぎったらダメじゃん。売り物なんだよ」
「いいのよ、鞠毛さん。さっきも言ったけど、ハーブは強いから、たまに刈り込んであげた方がいいくらいなの。篤人君には、気に入ったら持っていっていいよって、言ってあったから。気にかけてくれてありがとね」
 篤人は目を閉じて、レモングラスの香りを楽しんでいた。
「そうだ、母からの伝言です。この前言っていた西瓜が、手頃なものができてるから、あとで寄って下さいって」
「お母さんにありがとうって伝えておいて。帰りに寄らせてもらうわね」
「あと、これは味見用ってことで、家で食べて下さい」
 篤人が手に持っていたビニール袋を揺らした。
 中をのぞくと小ぶりの西瓜が入っていた。

「それなら、先に鞠毛さんと行って、家に置いてきてもらおうかしら」
 涼花さんに言われ、私は篤人と一緒に家に向かった。手伝いに来たはずのに、まだ何もしていなくて申し訳ない気持ちになった。
 さっき来た道を今度は篤人と歩く。
「明日から涼花さんはお店だよね」
「うん」
「前の日の夜って、忙しいのかな」
「どうだろう。いつも料理の仕込みとか昼間に終わらせているみたいだし、メールチェックとかくらいじゃないかな」
 だんだんと家に近づいてきた。既に日は高くなているが、川を渡ってくる風は気持ちが良い。
「この風に、この空と雲。夏って感じがして、オレは好きだな」
 篤人の隣で、一緒に空を眺める。どこからか、笛のような鳶の声が聞こえてきた。
 誰かと空を見上げるのって、なんかいいかも。田舎だけれどここにいると呼吸が楽に出来る。太陽の眩しさに目を細めた。

「鞠毛ってスマホ持ってるよな」
「持ってるけど」
「じゃあ後で連絡先教えてよ」
「別に。……いいけど」
 スマホのアドレスに家族以外の人、篤人の連絡先が入ると思うと少し心がそわそわした。初めてスマホを手にしたのは最近のことだ。画面越しにはいろんな人がさまざまなことを主張をしたり発信していた。私には言いたいことも伝えたいこともない。画面の向こうにいる人と自分の人生とは違いすぎて怖くなったことが今では懐かしい。楽しく生きている人もいればそうでない人もいる。自分のこともよくわからないのに、他人の生き方を画面越しに見る余裕は私にはなかった。だからスマホは父と連絡を取るためだけのものだった。

 家の台所に袋ごと西瓜を置いて、再びハーブ畑へ戻る。
 篤人と連絡先を交換し、畑の前で別れた。
「戻りました」
「早かったのね。ゆっくりしてきても良かったのに」
「いえ、今日はお手伝いすると決めたので、それはきちんとやりたいんです」

 父が戻らなかった場合の不安が急に押し寄せる。
 何かしないと。ここでの自分の存在価値を示さないと。そのために、手伝いを申し出たのだから。
 長靴に履き替え、涼花さんに教わりながら、ハーブと雑草を見分けて草取りをしていく。汗がどんどん出てきて思ったより重労働だけど弱音なんて吐いている場合じゃない。

 たまに間違えてハーブを抜いてしまうことがあった。それらは植え直したり、販売する苗として黒いカップに植え替えた。
 夢中になって草を取っているうちに、ハーブ畑の端まで来た。といっても、畑の奥行きはまだまだあるから、全体でみれば、一割くらいしか終わっていない。
 立ち上がって縮まっていた体を伸ばすと腰が硬くなっていた。草取りって結構キツイな。
 水筒から麦茶を飲み、一息つくと目線の先に、見慣れた葉があった。




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