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夜に咲く花

日が暮れ出すと私の部屋に濃い香りがするようになった。
それは、今から夜がはじまる合図のように私を包み込んでいく。

数日前、ドラセナに蕾がついていることに気がついた。白くて小さな集合体にそっと触れる。この家に越してきた時に買った、幸福の木/ドラセナ。
はじめて花をつけた時いつだったか、娘が生まれていたのか、いなかったのかも思い出せない。ずいぶん前に咲いたことだけは覚えている。当時SNSにその花の写真を載せると友人が
「めったに咲かない花が咲くなんて! 幸せいっぱいだね」
と言われ、幸福の木の花は簡単に咲かない花だと知った。
あれから何年経ったのか。どうしても思い出すことができない。
私は植物が好きだ。
なぜだか植物が水を欲していることがわかる。なんだか調子が悪いこともわかる。
もしかして子供の調子が悪いことを、すぐに見つける母親センサーみたいなものを植物にたいしてもっているのかもしれない。
幸福の木は16年、ずっと同じ部屋で葉をツヤツヤさせていたり、時には葉が黄色くなり具合が悪くなっていた。私が元気な時も、苦しんで泣いている時も、黙ってただそこにいた。そう思い返すとみっともないことばかりを見せていたなぁと申し訳ない気分になり、改めて幸福の木の育て方を調べてみた。やっぱり花はめったに咲かないらしい。花が咲く周期は2~3年、もしくは5~10年と、いつ咲くかは不明。昼間花は閉じ、夜になると花が咲くことも知った。確かにここ数日、夜になると私の部屋は南国のような香りでいっぱいになっていた。
鉢に刺さっていたタグを見ると原産地はギニア・エチオピアと書いてある。
ずいぶん暑い国から四季のある日本へやってきてビックリしたよね! と今更だけど労う気持ちが溢れてきた。
そのことを夫に話すと
「えー、じゃあさ、幸福の木の横にいるバオバブと仲間だ。二人とも暑い国からやってきたんだね」と子供のように笑った。
種から育てたバオバブは、ひょろひょろとしながら今も生きている。毎年子供の手のひらのような葉をつけ、今の時期になると葉を落とす。星の王子さまが好きな私はバオバブの木を見たくて種を買って育てた。咲かない場合がありますと書かれた説明書に連絡先が書いてあり「咲かないです」と連絡をしたら丁寧に育て方を教えてくださった。堅い種をお湯につけ発芽を見守った20年前のことが懐かしい。そのバオバブと幸福の木は、日にあたりながらいつも寄り添っている。どんな話しを二人でしているのだろうか。
聞いてみたいな、と思いつつ葉についた埃を落とし目をつむる。
暑い国を想像し、そこですくすく育つ二人の姿を思う。
どんな環境でも文句を言わずに生きている(もしかしたら寒いんじゃ! って思っているかもしれないけれど)植物に励まされ背筋を伸ばした。
しっかり手入れをしたいと思い、幸福の木の育て方をもう一度読み返す。
花を切らないと葉が枯れていき弱ってしまうので、花は切りましょう。と書かれた文章を読んで傷ついてしまった、私の心が。花を切られても、泣くことも悲しむことも声に出さない幸福の木を思って勝手にせつなくなる。
夜は、心がとても無防備になってしまう。

身体が思うように動かせなくなった頃から大好きだった朝が得意じゃなくなり、夜がくるのが待ち遠しくなった。
暗闇の中、夫の規則的な呼吸音を耳にしながら
身体の痛みで目が覚める時も、悲しい作品を読みその余韻に引きずられた時も、夜は優しい。
元気じゃなくていい。弱くてもいい。泣いてもいい。と、
ちっぽけな自分を闇で包み込み、誰も見ていない私だけの時間を夜は与えてくれる。

家族が寝静まった後這って自分の部屋に行くと、異国にいるような香りが私を迎えてくれた。
「夜だけ花を咲かせるのはどうして?」
「生まれ育った暑い場所でも夜に花を咲かすの?」
「一緒に音楽聴いてもいい?
ナハトムジークって夜の音楽っていう意味らしいよ」
問いかけても返事はもちろんない。
そんな関係が私は心地よくて、
次にこの花の香りを感じるのはいつになるんだろうと
闇の中で夜に咲く白い花を見つめた。


塵みたいなもんでしょう
勝手に積んできたんでしょう?
いつの日か崩れても
誰のせいでもないよ

歩くのが疲れたの?
むしろ正常でしょう?
全て無駄に思えても
君は正しいんだよ

「研ぎ澄まして」

ナハトムジーク/Mrs. GREEN APPLEより引用




最後まで読んでいただき
ありがとうございます。

心から感謝の気持ちを込めて。

横山小寿々




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