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カラフルモーニング

 今回はお洒落な感じの女子か?
 白い皿に盛りつけた、キャベツとシーチキンがドッキングしているパスタがテーブルの上にのっていた。
 モーニングパスタかよ!
 皿の横には、スープの入ったカップも添えられていてパセリを散らしたスープに入っているのは、ニンジン? 細かく刻まれた赤い野菜が見える。
 朝から気合いが入っている。毎回のことだから、慣れたけど。
「おはよう! 今ちょうどアルデンテ! パスタには、好みでオリーブオイルをかけて。今ハーブティーいれるけど、ミントとジャスミン、どっちがいい?」
 キッチンに立つエプロン姿の翔が、振り返って微笑む。すぐ横の窓から、朝日が差し込んでいる。
「ミントで」
「オッケー」
 ダイニングテーブルについて「いただきます」と、フォークを手にした。
「お、これ、レモンが効いてる。うまいなぁ」
「でしょ? 朝だからサッパリした感じがいいかなと思って。ついでに目が覚めるように。今日も暑くなりそうだから」
 そう言って翔はニッコリ笑った。

 翔は造園業をしているオレのことをいつも気遣ってくれる。大学時代オレはアウトドア系、翔は文化系だったが、何かと気が合った。オレは屋外、翔は室内だけど、空間を作るという意味では、二人とも同じカテゴリの職に属しているからだろう。
 翔が料理上手で驚いたのは、大学を卒業して、一緒に住むようになってからのこと。
「お母さんが料理の仕事してるから。料理は僕に任せてくれていいよ」
 そう聞いて、いい奴と住めてラッキー! って思ってた。いや、今も思っている。翔の料理は美味しいし、毎日の朝食を楽しみにしている。
 二人でルームシェアしてもうすぐ一年。その間に、翔について分かったことがある。好きな子や彼女が変わると、朝ご飯が変わるのだ。翔に好きな子も彼女もいないときは、トーストにスクランブルエッグが朝食の定番だった。
 つまり、翔には、最近新しい彼女か好きな子が出来たってことだ。

「おぉ! 朝からナンとキーマカレーかよ!」
 バターがしっかり効いたナンは、ちょっと甘く焼き上がっていた。キーマカレーなんて辛さも美味しさも、インド料理店かよってくらいだった。そのとき付き合っていたのは、話を聞く限り、個性的な女性だったらしい。その子が留学するタイミングで別れた。
「うおお! これって、パンケーキ?」
 イチゴやキウイがトッピングされた三段重ねのパンケーキが朝食で出てきたときは、あまりのキラキラ具合に、朝から眩しくて目がしぱしぱした。
 そのとき付き合っていたのは「てへっ」って笑うような女子だった。
「もう分かってると思うけど、僕ね、好きな人に料理を作るのが好きなんだ。美味しいって喜ぶ顔を見るのが嬉しいんだよね。もちろん、蒼君にも食べてもらいたくてさ、平日は朝しか顔合わせないことが多いから。朝から好き勝手作ってごめん」
「全然! 気にするなよ!」
 申し訳なさそうな顔をしていた翔が、オレの返事にパッと顔を明るくした。オレも翔の料理は好きだし、料理しているときの翔は、すごく楽しそうに見える。

 しばらくいろんな種類のモーニングパスタが続いていたが、ある日、風呂から出てビールを飲んでいると、泣きはらした顔で翔がしょんぼり言ってきた。
「明日は朝ご飯作れないかも」
 これもいつものこと。テーブルにビールを置き、伸びをしてから翔の頭をくしゃっとなでた。
「おう、無理すんな。明日はオレが作るから」
 翌朝、久しぶりに飯を炊いた。鍋がぐつぐつ言い始めたら弱火で6分。炊飯器は使わない。アウトドアで食べたご飯がすげー美味しくて、それ以来炊飯器は使っていない。
 冷蔵庫を覗き、翔が買ってあった食材を適当に切って味噌汁をつくる。豆腐に小松菜と茗荷を刻んで入れる。昔母さんから「まずはご飯を炊いて、お味噌汁の具はなんでもいいから、とにかく味噌を溶けばいい。料理はこの二つが作れればよし」と言われたことを思い出した。
 もう一品と思って作った卵焼きは、くちゃくちゃになった。翔の作るものとは比べものにならない。
「おはよう。なんかいい匂い」
 目を腫らした翔が起きてきた。
「おはよう。顔洗ってこいよ」
「うん」
 ご飯に味噌汁と卵焼きが並んだテーブルに二人で座る。昨日までのモーニングパスタに比べると、オレの作った朝飯が地味過ぎる。
 翔が「いただきます」と行儀良く味噌汁を口に運び、もくもくとご飯を食べ始める。
「見た目は地味だけど、愛情は入ってるぞ」
 何言ってんだオレは。
「うん、蒼君の作ってくれた朝ご飯食べると元気出る。一生懸命作ってくれたんだなって。すごく美味しいよ」
「いやいや、翔には負けるけど」
 照れ隠しに味噌汁を豪快に飲んだ。

 オレの地味ご飯はあと三日くらいかな。そのあとしばらくはトーストだろう。
 次に豪華な朝食が出てくるときは、どんな朝ご飯なのか。実は、結構楽しみにしてる。
 これを言うと、彼女がいないときでも翔が変に張り切りそうだから、まだしばらくは言わないでおこうと思った。

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