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「お兄ちゃんとの約束」掌編小説

「このことは秘密だよ」

「うん! わかった」

 お兄ちゃんの小指に、私の小指を絡めた。

「それから、これはご褒美ね」 

 お兄ちゃんがニコッと笑ってチョコをくれた。チョコは私の大好物だ。お兄ちゃんはいつだって、私の大好物を忘れない。

 だからお兄ちゃんのこと大好き。

「今度は、私もお世話したい」

「そうだな~、お水とかあげるのは、まだ難しいかな?」

「お水はまだ難しそう……そうだ、ブラッシングとかしてもいい?」

「そうだね! きっと喜ぶよ。頭もなでてあげるといいかも」

「うん、やってみるね」 

 ここでは、ペットを飼うことは禁止されてるから、誰にも言っちゃダメだって言われた。もしナイショで飼っていることがバレると、お兄ちゃんが叱られちゃう。

 だから私はいつだってこのことは隠しておかなくてはならない。

 それに、お兄ちゃんがナイショのことを教えてくれるのは、私を信用してくれているからだ。

 お父さんは、お母さんにナイショにしていたことがバレて、出て行った。

 それなのにお母さんは「お父さんはしばらく仕事で家に戻れなくなった」って、嘘をついた。私は全部知っているのに。お母さんだって、男の友だちとよく出かけている。私は、そのことはお父さんにナイショにしていたのに。それなのに、お母さんは私に嘘をついた。

 あのときは、信用されてないんだと思って、とても悲しくなった。

 だから、お兄ちゃんが私を信用してくれてすごく嬉しい!

 ここでペットを飼っているのは、誰にも秘密。

 私とお兄ちゃんの秘密!

 ここには、時々お兄ちゃんの友だちもやってくる。最初は私のことを面倒くさそうに見ていたけど、今は優しくしてくれる。この前は、外国のチョコをくれた。

 その人達も、ここでペットを飼っていることを、秘密にしていると思う。でも、お兄ちゃんの友だちは、お兄ちゃんとおしゃべりをしてすぐに帰って行く。

 ペットのお世話を頼んだことは一度もない。

 だから、お兄ちゃんが一番信用しているのは、私だと思う。

 うん、やっぱり、これは私とお兄ちゃんの秘密!

 新しくやってきたペットの側に行って、そっとこの子の頭をなでた。さらさらとした毛並みが気持ちいい。

 でも、私を見る目がうるうるしている。怯えているのかな? 来たばかりだから、お兄ちゃんが何も痛いことしないって、まだ分からないんだね。

 もしかしたら、お口を縛られているのが、窮屈なのかも?

 ごめんね。鳴き声がうるさいと、ペットを飼っていることがバレちゃうから、声が出ないように、お兄ちゃんが縛っているんだ。それは我慢して欲しいな。

 前にいた子は、ご飯が気に入らなかったのか、全然食べてくれなかった。すぐに元気がなくなって、お兄ちゃんの友だちがどこかへ連れて行った。もしかしたら、あのまま死んじゃったのかもしれない。

 かわいそうなことをしちゃった。

 ここは、お兄ちゃんが掃除してくれるから清潔だし、ご飯もある。だから、今度はしっかりお兄ちゃんと二人で、この子を育ててあげたいな。

 お兄ちゃんがご飯のあと、よく眠れるようにって、お薬をあげた。前の子は元気が無くなっちゃったから、そのことが気になっているんだと思う。

 明日は、この子にマイクロチップを埋めるんだって言ってた。この子を、お散歩に連れて行くことはないけど、万が一、ここから逃げ出して迷子になっても、すぐに分かるようになるらしい。

「私には、マイクロチップ埋めないの?」

「どうして?」

「だって、もし埋めてあったら、私が迷子になっても、すぐにお兄ちゃんが見つけてくれるじゃん」

「桜には、マイクロチップは必要ないよ。その代わり、このお守りをあげる。これを持っていれば、どこにいても、お兄ちゃんが見つけてあげる。もしお兄ちゃんが行けなかったら、友だちに迎えに行ってもらうから。それなら安心だろ?」

「ぜったい、ぜったい、迎えに来てね。約束だよ」

 この約束も、お兄ちゃんと私だけの秘密だ。

 二人の秘密が増えて嬉しくなった。

 お兄ちゃんはすごく頭がいいし、友だちもいろんな人がいる。その中には、外国の人もいる。だから、私が迷子になっても、お兄ちゃんかその友だちが必ず見つけてくれるはず。

「それじゃ、お兄ちゃんは少し出かけてくるから、おとなしく寝てるんだよ」

「うん、いってらっしゃい。気をつけてね」

 私は、お兄ちゃんからもらったお守りをぎゅっと握りしめると、新しいペットの子に背中をくっつけて眠った。


***


『ここで、番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。

 半年間行方不明になっていた、遠山桜ちゃん5歳が、マンションの一室で発見され、先ほど保護されました。命に別状はありません。健康状態も良好とのことです。

 また、同じ室内から、4日前から行方不明になっていた成人女性が発見されました。この女性は体を拘束された状態で見つかりましたが、こちらも命に別状はないようです。

 警察はこの部屋の住人、鈴木正35歳を、誘拐と監禁の容疑で逮捕しました。

 鈴木容疑者は、国際的人身売買組織とのつながりも噂されており、他にも余罪があるとみて、追求する方針です。

 以上、臨時ニュースをお伝えしました』


***


 お兄ちゃんの所に、いきなり知らないおじさん達がやってきて、私は連れ出された。連れて行かれた先で、何人もの女の人とお医者さんに囲まれて、たくさん質問された。

 私はお兄ちゃんと引き離されたことが悲しくて、ずっと泣いていた。

 しばらくして、お母さんがやってきた。

 また、お母さんと一緒に暮らさないといけないらしい。

 あの汚いお家で暮らすのは、嫌だな。お母さんはたまにしかご飯を用意してくれないから。お父さんは、パンやおにぎりを買ってくれたけど、今はいない。

 またお母さんと暮らし始めた。しばらくはちゃんとご飯をくれた。だけどこの前からまた、たまにしかご飯を用意してくれなくなった。

 お母さんは、今日もご飯の用意をしてくれなかった。それなのに、男の友達と出かけていって家にはいない。

 家の中にはゴミの袋があちこちにあって、変な臭いでいっぱいだ。

 お兄ちゃんと一緒にいれば、部屋は綺麗だし、ご飯ももらえた。またあそこに戻りたいな。お母さんといても、ちっとも楽しくない。

 でも大丈夫。

 私にはこのお守りがある。

 お兄ちゃんの部屋から連れ出された後、お守りを取られそうになった。そのとき、泣いて嫌がったら「お守りを握りしめて離さないなんて、よっぽど怖い目にあったんだね。このお守りが桜ちゃんのことを、守ってくれたんだね。もう大丈夫だよ」と言って、お守りはそのままにしてくれた。

 私の宝物。

 今日もお守りを握りしめて、窓から空を見上げる。

 お兄ちゃんとの約束は、お母さんにも秘密だ。

 だからどうか神様、早くお兄ちゃんが迎えに来てくれますように。

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