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二番目の初恋

なんか好きかも。
付き合って四か月で思った。

「加藤君って楓のこと好きだよね。でも私、加藤君が好きなんだ。楓の次でいい。二番目でいいから付き合ってほしい」
内田真琴に告白されたのは高校三年の夏休み直前で、女子から告白されたことは初めてだったのでびっくりした。

確かに俺は同じクラスの楓が気になっていたけれど
付き合いたいとか、
好きだという気持ちにまでは育っていなかった。
だから「好きな人がいるから付き合えない」と言えず
結果的に内田と付き合うことになった。

俺にとって、内田が初めての彼女だった。
楓に抱いている気持ちが、遅い初恋だと気が付いていたのに。

隣の席だった内田は、楓とは違って目立つ美人なタイプではない。
でも凛とした空気をまとっていて清楚な感じの女子だなぁと思っていた。

「私、楓と仲がいいから色々と協力するよ」

内田と付き合うことになってから、楓とも自然に話すことが多くなった。俺たちの席に楓を内田が連れてくるようになったからだ。休日に遊ぶこともあった。

スマホで3人の写真を撮る。そんな経験も初めてだった。

楓が笑い、内田も笑う。

たったそれだけのことでも、俺の心は浮ついた。そんな自分が照れくさくて、どうしたらいいのかわからなくなった。楓にも内田にも、カッコいい態度をとることができないままだった。

「加藤君はいいね。まっすぐで純粋で」


内田がよく言うセリフ。いつもは聞き流していたが、ちょっと言い返したい気分になった。


「いや、全然、普通だよ。勉強も運動も普通だし。内田は俺のどこが好きなわけ?」


「好きなんだよ。好きに理由はない。もし理由があったら、その理由がなくなった時、嫌いになっちゃうじゃん」


内田が遠慮がちに俺にもたれかかってきた。髪の毛からシャンプーの匂いが香り、少しドキドキした。


俺と内田は二人のときも、楓の話をよくした。
小学校から楓と一緒だったんだよ。と、小さな頃の楓の話をよくしてくれた。

「楓は素敵だから」

「楓みたいな女子ってなかなかいないよね」

内田は、俺が喜ぶと思って楓の話ばかりしてくれる。


「加藤君のこと好きだから、少しでも加藤君が喜んでくれると嬉しくて」


どうしてそこまでしてくれるのか。聞いた俺に内田は伏し目がちに言った。
俺はその姿に胸が締め付けられるような気分になり、いじらしい内田の態度に、少しづつ好きになっていったんだと思う。
内田と一緒にいることが心地良く、俺は笑顔が絶えることがなかった。


「加藤君って、真琴と仲いいね」

あるとき楓から言われ

「おお。まあね」

自然とそう答えていた。

どんどん内田を好きになっていく。

それなのに、俺が内田を好きになるのと反比例するように、内田は笑顔を見せることが少なくなっていった。

高校の卒業式まで一か月を切った日のカフェで

「もうすぐ卒業だね」

ゆっくりとスプーンでかき混ぜているミルクティーを見ながら、内田が言う。

俺と内田の進路は別々で卒業後も付き合うなら、遠距離恋愛になる。それでも俺は付き合っていきたいと思っていた。

内田のことが好きだ。これからもずっと一緒にいたい。

たったそれだけのことなのに、言葉でうまく伝えられるか不安だった。スマホで簡単に言葉を送るのも違う気がする。だから、書いたことのない手紙を緊張しながら書きそれを、内田の鞄にこっそりと忍ばせようとした。
内田が席を離れたとき、これがチャンスだと素早く内田の鞄を開けた。

手紙を入れようとしたとき、小さなノートが落ちる。

「やばっ」

とっさに手をのばす。ノートは開いた状態で、俺の手の中に入り込んできた。

 偶然。

 必然。

その時の俺には、どちらも同じ意味に思えた。

俺はノートを見ようとしたわけじゃない。でも、目に入った。そのノートを見て、頭は悪いけど、鈍い性格だけど、あぁ、なんだ、そういうことか。と納得し、すべてを理解して緊張した体が緩んだ。

俺が初めて書いた手紙は、相手に読まれることなく、ポケットに戻された。


卒業式の日。最後のホームルームが終わって、内田と二人きりの教室

「卒業おめでとう。俺たち、これで別れよう」

精一杯カッコつけて言った。

「加藤君って、優しいね」

「内田は俺のこと一番じゃなかった。だよね?」

「……いつから気がついてたの?ううん、ごめん。でも、加藤君のことは、嫌いじゃなかった。好きだったよ。一緒にいると嬉しくて楽しくて。だから、つらくなった」

「別にいいよ。内田が俺とつきあったのは……カモフラージュだったんだろ」

「好きだったのは、本当だよ。二番目だけど……楓の次だけど」

「誰にも……楓にも、言わないから心配しなくていいよ」

内田は何か言いかけてやめた。

それから、定期入れから写真を抜き取って、俺の手に押し付けた。
一度だけ俺の目をまっすぐに見ると、振り返ることなく去って行った。


お互いに二番目だったんだな。


でも、今は違う。俺は、内田が一番だ。内田だけが好きだ。

あの日カフェで見た内田のノートには、楓と内田の写真が貼ってあり笑顔の二人が俺を見ていた。構図から、三人で一緒に撮ったはずの写真もあった。ノートの中では、あの時撮った俺が写っていたはずの部分が切り落とされていた。

どのページも楓の写真で埋め尽くされていた。


内田は楓が好きだったのか。

俺と一緒にいたのは、俺と付き合ったのは、それが理由だったんだ。ショックだとか、嘘つきやがってとか、怒りの感情は湧いてこなかった。内田のことが好きだから。

『加藤君のこと好きだから、少しでも加藤君が喜んでくれると嬉しくて』

いつだったか、内田が言った言葉。
それが俺の中に残っている。



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「ねぇ、これ誰? どっちが優斗の彼女だったの?」

引っ越しの準備をしている最中に、妻が「これ!」口をとがらせながら、写真を突きつけてきた。

「懐かしいな。まだあったんだ」

今何をしているんだろう。二人とも元気にしてるかな。
思わずほほが緩んだ。

「なにその顔! なんで笑うのよ」

妻が眉を吊り上げる。

「ごめん、俺が笑ったのは、亜弥が思っているようなことじゃないから」

妻の手から写真を取る。

「これは、俺の一番目の初恋の人と、二番目の初恋の人だよ」


卒業式、あの日もらった写真の中で
俺と楓と内田が笑っていた。  

                               

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