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川野芽生『無垢なる花たちのためのユートピア』 読了

読書についての覚え書き。

はっきりいって裁判中は、膨大な訴訟関連書籍・資料の読み込みと組み立てに脳のリソースを使うので、同じ文章といえど、文学や物語を読むことが全くできませんでした。その中において、山尾悠子さんの作品を賜り、薔薇色の脚を制作できたことはとても有り難かったです。何度も読んだ大好きな作品だからこそ、するすると身体に入っていくし、物語と接するリハビリとなりました。(今現在は慣れたので、並行して読書を楽しめる様になりましたが)。




そんな訳で、ゆっくりと味わうように読み進めていた川野芽生さんの初小説集『無垢なる花たちのためのユートピア』。
川野さんには、挿人形として参加した『新編 夢の棲む街』(山尾悠子著)や、現在刊行準備中の人形作品集にも論考を寄せて頂いており、人形への視点と語られる言葉に非常に信頼を寄せています。

全編を通して植物性の香りのする作品群。表題作の「無垢なる花たちのためのユートピア」は花の名前を冠した少年達の、寄宿舎の様な不思議な船上生活が緩やかな破局に向かって描写されます。もう”白菫(しろすみれ)”という名前だけで、この子が何か特別な立ち位置にいる美しい少年なのだろう、という予感に心躍ります。どの物語も、一つ一つの言葉の選択、登場人物達の行動の選択に川野さん独自の視点があり、新鮮な驚きと共に先を知りたい気持ちに駆られていきます。

書簡のやり取りから少しずつ謎が明らかになっていく「白昼夢通信」や、そのものずばりの表題の「人形街」は、人形という存在を見つめてきた川野さんならではという発想と帰結があり、人形者の皆様にはぜひお勧めしたいです。

彼らを人形に変えた血は、彼らに人間離れした美貌を与えたのと同じ血であった。その美貌が人間としての限界点に達したとき、住人たちは一瞬にして凍り付いて人形と化した。

『無垢なる花たちのためのユートピア』:「人形街」より

人形や、特に人形作家をモチーフとした作品を読む時に、職業柄「それはそういうものではない」という齟齬や違和感を感じる事が割にあるのですが…… それは現実の人形や人形作家を忠実に描いているか、という事では無くて、感覚や観念の芯を掴んでいるかという話になりますが。笙野頼子さんの『硝子生命論』や先日逝去された津原泰水さんの『たまさか人形堂物語』、そしてこの川野さんの作品もそういった齟齬がなく、すっと沁み込む様に読めた数少ない作品です。

個人的に心惹かれたのは、植物的な少女の身体に訪れる残酷な変容を描いた「最果ての実り」。そして表題作の対となるような「卒業の終わり」も出色でした。ルシール・アザリロヴィックの映画『エコール』を思い起こし、あの先の絶望、女性として成長した後の残酷が描かれたディストピアの物語です。


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