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海外・髪の毛どうする問題

海外に暮らす時間がある程度長くなると、多くの人が直面する問題といえば、髪の毛のこと。

アメリカ中西部の田舎に暮らしていたときは、日本人の美容師なんて夢のゆめ。日本人の髪の毛に理解がある美容室をみつけるなんて、ものすごい大変なことだった。

一回だけ、飛び込みでそこらへんの美容院にいったら、キャンディ・キャンディも真っ青のチリチリパーマにされて、直毛だったはずの私の髪の毛はブラシもなかなか通らないくらいになった。
そのくせシャンプーするひとにもカットする人にもチップだチップだといわれて支払金額はものすごい。

そのあとアメリカにいる間はパーマをかけるのもカラー染めするのもあきらめ、工作ばさみを使い自分で段を入れ毛先をそろえていた。

そして、ロンドン。
さすがの首都。いろんな人種の暮らす街。
私が住むエリアにも、セントラルロンドンにも、日本人美容師が働く美容院がたくさんある。
高いところ、安いところ。
友達お勧め長い予約待ちリストのあるところ、店の前で行列して待つ予約できない店、などなど。

あまり普段こだわりはないが、髪の毛だけは、ぜったいに日本人がいい。
日本人の髪の毛を分かっているひとじゃないと、大変なことになるから。

これは、ガイジンが日本に来ていうのと同じことだ。
コシがなくてクセがつよいガイジンの髪の毛は日本人と同じようには切れないんだ、と彼らは言う。
同じように、直毛でタフな日本人の髪の毛は、ガイジンと同じようには切れないのだ。

だからロンドンに来た当初は、さまざまな日系美容室をいろいろと試し歩いた。

2012年のこと。そんな迷える仔羊時代に、終わりがやってきた。
自転車で気軽に行ける近所の商店街に、なんと日本人の経営する美容院がオープンすることになったから。

うわお、近い。

日本にいたときだって、表参道のオシャレ美容室に行っていたのは高校時代だけ。
なかよしの友達がみんなそこに通っていたから、みんなで行くのがイベントみたいな気持ちだった。
だけど、本当のところは、美容院にいくために電車に乗るのも、おしゃれをするのも、面倒くさかった。
首の伸びたシャツをきて、歩いていける近所がいちばん。

だから、日系の美容院が近くにできたなんて、実に素敵なことだった。なんて幸運なんだろうと思った。

開店してすぐの頃、たとえば「切りたいな」と思った木曜日くらいに電話をするとその週末の朝一番を予約できた。
朝起きて、のんびり支度して、バスにも乗らずに歩いていけばヘアカットしてもらえる。
まさに理想。

ところが。
オープンして2-3年もすると、その店は「週末で予約できるのは1か月後」という人気の店になっていた。

「だったら、3か月おきに将来の予約を入れちゃうのはどうですか」

すでにガッツリ白髪染めが必要だった私は、そのくらいの頻度で美容院に行く必要があったし、だったら提案に従うほうがいいなと思った。

けれど、やがて、私の出張がどんどん増えていく。
先を見越していれておいたはずの予約をなんどもキャンセルする羽目になる。

電話の向こうであちらが「最初からの、しかも日本人のお客さんだけど、いい加減ちょっとなあ」と思っているのが伝わってくるようになった。

あらかじめ気がついて電話できるときは、まだいい。
2週間ボゴタで、そのあと2週間リオデジャネイロ、というとき。
乗り換えのサンパウロ空港で「あ、3ヶ月おきの美容院の予約がはいってた」なんて思い出して大慌てで美容師さんの携帯にメールを出す、なんてこともあった。

子供のころから、髪を切りたくなったら、すぐに切りたいほうだ。
せっかち。
ああ、なんかここ気になるなと襟足や前髪やが目につき始めたら、ペン立てにささっているハサミを取り出して、シャクシャクシャク。

「えっ!ここ、もしかして切っちゃった?」

「おねがいだから、鏡の近くにハサミを置いておかないでよー」

いわれることは中学生のころから数知れず。

でも、髪を切りたくなったなと思ってから、予約をしてさらに数週間待つなんてこと、できやしない。

他のひとたちはみんなそんなふうに美容院に行くのだろうか?
それとも、三ヶ月に一回とか決めて、そのサイクルを守っているのだろうか?
私にはそんな心のゆとりがない。
切りたかったら、その日か翌日で予約したい。

できなかったら。
切っちゃうぞ。

高校生になると、

「自分で切るなと云っても切っちゃうんだから、せめてこうやって切って」

と無難な場所の切り方を教えてもらえるようになった。

つむじから均等に上に持ちあげて、まっすぐに切ったら段が入る、とか。
後ろ髪は自分で切るとどうしてもハサミが持ち上がって曲がるから、必ずうつむいて下りてきた髪を揃えるだけ。切りたい気持ちをとりあえず満足させて、とにかく美容院にこい、と指導された。

そんな勢いで髪を切ってしまう私が、ロンドンに来てから2年以上髪を切らなかった時間があった。

医療用ウィッグに寄付したかったから。

2年あまり姿をみせなかったから、もちろんその日系美容院の方々は私が日本に帰国したか、別の美容院に乗り換えたと思っていたんだろう。

ようやく長さが30センチ以上になって、ひょっこり電話をいれたとき、「おや、お久しぶりですね」といった美容師さんの口調には驚きがあった。
プラス、まったく行かなかった引け目がある私の耳には、すこし皮肉も感じられた。

寄付のため来ないようにしていたんだと話したあとには、表情をゆるませてくれたけれど。

そのあとはもう普通にそこの美容院に通うべきだったけれど、なにしろ予約が取れないことは変わらない。
いや、前よりもっと予約が難しくなっていた。
そうなると生え際の白髪がどうしようもなくなる。

イギリスのドラッグストアで売っている白髪染めはひと塗りしたとたん頭皮がピリピリ。怖くて使えない。

日本から箱入り白髪染めを持ってきて使ったが、やはりどうも頭皮が荒れる。

そこで日本に帰った時カットしてもらう地元の美容師さんに相談した。
お店と同じプロ用の白髪染めを教えてもらい、アマゾンで購入。
ロンドンに持ち帰って自分で計量して染めるようになった。

となると、悪循環である。

自分で染めているから、どうしてもカラーしに行く必要はない。
カットしたいときに予約できなかったら、他の店で済ませてしまう。
するとますますその美容院には行きづらくなる。

「白髪染めるのやめたいんですよ」

しかも、その美容師さんはいつも私のカラーやめたい発言に反対だった。

「鏡で目に入る前のほうに白髪が多いけれど、後頭部にはほとんどないし、まだ気にするほどじゃないですよ」

「顔立ちからいっても、まだ染めているほうがいいタイミングです」

それが心からのアドバイスなのか、たまにしか来ないんだからカラーもして単価をあげてくれということなのかは分からない。

そして、コロナのロックダウンがやってきた。
それをきっかけに、私は白髪染めをやめた。

白髪染めをやめても、ヘアカットは必要である。
白髪を染めないうえに伸ばしっぱなしでは、ただの怠けものに見えてしまうから。

まず、ロックダウンが解除されたとき。
久しぶりにオフィスに行くにあたり、こじゃれたカットをしてもらう必要があった。
それまで毛染めしていた部分をすべて一気に切り落とし、白髪はわざとやってますといえる素敵なヘアスタイルになる必要が。

しかし、あそこの美容院に戻るには、どうにも、いまさら、敷居が高い。

私は、出張ヘアカットをお願いすることにした。

出張ヘアカットとは、ロンドンの日本人向け掲示板によく広告がでている「あなたのお家でヘアカットします」というものである。

「ユース・モビリティー・スキーム(YMS)ビザ」(18歳以上31歳未満に出される一時的な就労を許可するビザ)で渡英してきた美容師経験者からの広告がほとんどだ。

ヘア・メイクアップアーティストを目指してイギリスに来て、学校に行ったり撮影現場で働いたりするのと並行し、個人で美容師サービスを提供し収入を得ている、そんな人たちが多い。

だいたいカットが40ポンド、交通費が6-8ポンドが相場だ。

ロンドンの美容院のカットは55ポンドくらい。
セントラル・ロンドンには20ポンドでカットしてくれる日本人の美容師さんだっている。

だから、出張ヘアカットが安いというわけではない。

私が出張ヘアカットを続けたのは、値段や自宅という点ではなく、希望や夢を持って来た方とのやりとりが楽しかったからだ。

掲示板で連絡をとり、初めてお願いしたのは、20代後半、関東出身の美容師さんだった。

近所に住んでいたこともあって気軽に数回頼んだ後、1時間以上かかる場所に引っ越してしまった。
けれど、私の「勢いで切りたい」性格をよくわかってくれて、時間を合わせて来てくれた。

こちらも和食をタッパーに作っておいたり、仕事が関連しそうな知り合いを紹介したりした。
なによりとても上手だった。

コロナの国境閉鎖でYMS発行後すぐ渡英できず、滞在期間が1年半しかないから余計頑張らないといけないのだと話していた彼女は、ネットワークづくりや映像や媒体の仕事といろいろチャレンジしていた。

しかし、ビザサポートをする就労先がみつからず、日本に帰国することになった。

出国する3日前にも髪を切ってもらった。
カットしに来てくれるたびに、苦労や努力、嬉しかったこと、辛かったことをたくさん話してくれた。
アメリカ時代の自分をちょっと重ねていただけに、もうカットの時間が持てないことは、とても残念だった。

その後は、セントラル・ロンドンの美容院で一回。
掲示板でみつけた出張美容師さんに一回。
どちらも、これだという感覚を持てないまま、日本に行ったときにカットして水を濁した。

そんなある日。
細かな雨が散る週末のお昼ころ。
ヨガ教室を追えて、ニットキャップを被りダウンベストのポケットに手を入れて歩いていたら、反対側から歩いてくるアジア人の女性に会釈された。

ん?
だれだっけ。

しばし考えて、思い出した。
それは、あの、すっかり足が遠くなってしまっていた美容院の担当じゃないほうの美容師さん。
こんなに時間が経っても、ニットキャップを被っていても、気がついて挨拶されるとは。

まいったな。

これをきっかけにシラッとまたあの美容院に行こうかしら。
いやいや、きっと予約は1ヶ月先ですといわれガッカリするに違いない。

結局、ふたたび日本人掲示板で出張ヘアカットのひとをお願いすることにした。

少しだけチップをつけて支払うことで、ちょっとだけ若い方々を応援できる気がするから。

夢とか希望とか野望とかに溢れたお話をきくことで、自分もパワーを充電されるような気がするから。

海外、髪の毛どうする問題は、なかなかに一筋縄ではいかないものである。

いただいたサポートは、ロンドンの保護猫活動に寄付させていただきます。ときどき我が家の猫にマグロを食べさせます。