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日本人、誕生日祝いで肩身の狭い思いをする

皆さんお疲れ様です。

そういえばお疲れ様ですという単語に込められた意味をそのまま訳せるような英語やポルトガル語に出会っていない。日本語のいいところでもあり、悪いところでもある「様々な意味を一つの言葉に込めることができる」という点をとてもよく表しているなと感じる。

今回のnoteを書こうと思ったきっかけも「そういえば…」と思った体験から。

突然ですが、皆さんは誰かの誕生日にどんな歌を歌ってあげますか?スティービー・ワンダーを熱唱するという人がいても僕は止めないが、大半の人は「ハッピーバースデートゥーユー」を何ともシンプルなリズムで4回繰り返すあの歌を想像されるだろう。しかし、あの歌の日本語バージョンはないの?と言われたらどうだろう。カタカナを日本語と言うのも間違いではないが、歌詞は英語版と全く一緒だ。


学生寮の友達が誕生日を迎えて、それをみんなで祝っていた時のこと。その場には10人くらい居たのだが、イタリア、フランス、トルコなど色んな国から集まっていたのでせっかくならそれぞれの国のバースデーソングでお祝いしようという話に。青ざめる僕。そういえばあの英語バージョンしかないではないか。他の曲はないかと必死に考えたがドリカムかAKB48の涙サプライズぐらいしか出てこないし、それほどポピュラーなものでもない。

あのシンプルなメロディーは一緒だが、歌詞はそれぞれの言語で訳があるらしい。日本語バージョンはないと伝えると、日本では誕生日祝わないの!?と聞かれてしまう始末。最初は本当に信じてもらえず、冗談か恥ずかしがっているだけだと思われてしまった。

考えてみれば不思議なもので、なぜ日本語バージョンがないのだろうか?誕生日おめでとうという言葉を件のバースデーソングに入れようとすると語呂が悪いからだろうか?いや、流石にそんな安易なものではないだろう。思い返せば、外来語がそのまま受け入れられることも多く、カタカナという外来語専用の50音まであるぐらいだから、そうした海の向こうからやってきた言葉を使うことに抵抗が少ないのが日本語という言語であるし、日本人という人々なのも理由として挙げられるだろう。

(余談だが社会人になっても意識高い系カタカナワード(アジェンダとかローンチとか)を振りかざす人間だけにはなりたくないと心から思っている。)


これをどこかの音楽家の方が読んでいたとしたら、ぜひ日本語版バースデーソングを作っていただき、広めていってほしいと思う。僕のようにちょっとだけ肩身の狭い思いをする日本人を少しでも減らすためにも。


【今日の一枚】


2月中旬、コインブラにて

コインブラはモンデゴ川に面した街で、晴れた日にはこんな感じで「逆さコインブラ」を見られる。と言っても何となく撮った写真がたまたま綺麗だったというだけの話なのだが。

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