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【読書感想文】空ばかり見ていた

彼女の冬の読書

①読書の風景

吉田篤弘さんの短編集「空ばかり見ていた」にある一遍、「彼女の冬の読書」。
手帳屋に勤めるエリアシと、その幼馴染のアヤトリの、ある冬の夜の物語。

アヤトリのように生きていくことに憧れている。
彼女の季節の乗りこなし方、読書への向き合い方が素晴らしい。

「本さえ読めれば、あとのことはどうでもいいの」
その信条を守るため、彼女は冬のあいだの三カ月間、まったく働かないと宣言するまでになった。今年でもう四度目か。寓話の中の賢いアリのように、春から秋までふたつのバイトを掛け持ちして蓄え、秋の終わりに好きなだけ本を買い込んで、自称「冬眠」状態にもぐりこむ。

空ばかり見ていたー彼女の冬の読書ー(吉田篤弘 著)

秋の終わりに好きなだけ本を買い込んで、冬眠状態にもぐりこむ。

この一節に強く心をつかまれた。
それが幸せだと感じたし、それだけでいいのだと思えた。
好きなだけ、好きなものを買い込んで、安心できる自分の部屋にもぐりこむ。
ああ、すてきだなぁ、それができたらしあわせだなぁ、としみじみ感じる。


②食事の風景

吉田篤弘さんの小説で心つかまれるシーンのもう一つは、「食事」や「食べ物が描写された」シーンだ。

「あんた、ちょっとエリアシ君。もしかして夜のトースト食べたことないんでしょう?」
「夜に?トーストねぇ…」
「ないに決まってるわ。いちど食べてみれば分かるのよ、夜のトースト。すっごい旨いんだから」

空ばかり見ていたー彼女の冬の読書ー(吉田篤弘 著)

夜のトースト…
大好きなブルーベリージャムを塗って食べたい。

結局、エリアシはアヤトリの部屋のジャムの瓶のフタを開けられず、二人は真夜中に馴染みのステーキハウス「ライオン」へ繰り出した。

そこでもまた、美味しそうな食べ物の描写が続く。

ガラナはコーラによく似たブラジルの清涼飲料水で、「ライオン」でしか飲めない特別な飲み物だった。
 
あれこれ喋りながら少しずつガラナを飲むうちに、店の奥で肉の焼けるジュウという音が聞こえ、その向こうに小さな音でラジオが流れている。

空ばかり見ていたー彼女の冬の読書ー(吉田篤弘 著)

アヤトリとエリアシはだけでなく、わたしも、きっと多くの人も、夜のフタが開いたら何が見えるのだろう、と思っている。

ジャムのフタが開かないように、夜もフタが閉まったように明けない。

どうしたんだろう。
どうなるんだろう。
自分も、みんなも。

ふと、アヤトリが湯気に曇った窓の外に視線をはずし、
「どうなるんだろう、いったい」
ぼんやりした車の灯を眺めながらそんなことを言った。
「それってライオンのこと?街のこと?それともジャムのフタ?」
「その全部。それから、私たちのこと」

空ばかり見ていたー彼女の冬の読書ー(吉田篤弘 著)


日常は続いていく

吉田篤弘さんの小説は、大袈裟なことも有り得ないような魔法も起こらない。
今まで続いてきた日常は、物語が終わってからも繋がっていく。
特別なことが起こらなくても、
大問題など発生しなくても、
その解決策など模索されなくても、
日常がそのまま続いていくのだ。
でも、今までとは少し違うあたたかい何かを胸に抱く。

今まで通りに日々は続くけれど、今までとは少し違う何かを見つけられる。

小説の中の登場人物たちの人生も、わたしの人生も、
少しずつ形を変えながら続いていく。


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