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デザイナーの職人魂が生み出した、活版印刷様の「ゆらぎ」

『心をたがやす言の葉帖』という、オリジナル書籍があります。
これは私が「自分で本を作ってみたい!」と思って、初めて制作したもので、懇意のデザイナーさんと二人で取っ組み合いをするみたいに、試行錯誤しながら本気で挑戦したものでした。

で、制作から数年経った今、デザイナーさんが、なんと「作業の舞台裏」を公開しています。
Facebookに投稿されていたのを、こちらでも共有します。
とにかく、すごいです。職人技とはこのことです。
デザインを仕事にしている人には、参考になるか?どうか?(答えは最後に)

活版印刷のような揺らぎが欲しい


とある仕事の備忘録。
『心をたがやす言の葉帖 1』石川真理子
原著から刷新版となり『1』へと進化した上著ですが、発売から時間も経ちましたし、普通のお仕事では絶対に出来ない貴重で楽しい体験となりましたので、一部デザイン的な解説というかネタバレをしていこうかなと思います。
著者からのオーダーは「活版印刷の頃のような手作り感が欲しい」というものでした。
実際に活版で刷るという意味じゃないのはわかりましたので、「なんか手作り感がある」ように組んでいます。
詳しくは画像およびキャプションで書いてますが、大変面倒なことをやっています。なので全ページには施しておりません。
本をお持ちの方はどのページがそうなのか探してみても面白いと思います。

キンアカデザイン 長澤伸

見比べてみると一目瞭然!自然なゆらぎが出ている


デザイナーの長澤伸さんは、このように述べた上で見本ページを提示しています。
それが、こちらの画像。

右が『心をたがやす言の葉帖1』の実際のページ。左はまだデザインを施す前。

『心をたがやす言の葉帖 1』のp.109より抜粋。
右と左をこうやって画像で見比べると分かりやすいけど、実際に紙に印刷されたものを見ると特に違和感は感じない程度に色々やっています。

キンアカデザイン 長澤伸

別の書体も混在させるという裏ワザ

では、どうしたらこのような「ゆれ感」が出るか、ですよね。
それが、こちらの画像でわかります。

人が手で写植を貼ったようなゆれ感と、インクのムラを感じるように別書体も織り交ぜています。
作業としては非常に手間で効果があるのか不安でしたし、自己満足の域を出ないのでは思いましたが、
結果として大仰にならない感じに「なんとなく」を感じられる文字組みになったのではと思います。

キンアカデザイン 長澤伸

いやもう、オーダーを出した私が絶句しました。
まさかここまでやってくれるとは思いも寄らなかったからです。
ただ、デザイナーさんは、もうぶっ倒れる寸前でしたけど、ここまでやってくれた背景には、やっぱり「こだわったものをつくりたい」という私の熱意というか、良い意味でのワガママに答えることによって、何かを見いだせるのではないかと、少し思ってくれていたからではないかと思う。

「なんとなく」のためにここまでやる!

さらにいえば、上記のように、
「作業は極めて手間がかかるが、効果があるのかどうか?」
「自己満足の域を出ないのでは?」
ということを乗り越えて実現したのが
「なんとなく」
であった、ということに、私は心底しびれます。
奇しくも昨日、松岡正剛さんの言葉を引きながら、「やつしの美」「くずしの美」について書いたばかり。

自然体とか、ありのまま、とかいうのは、実はその背景に極めて綿密な計算(デザイン)があるということを、多くの人は知らない。
アマチュアはもちろん、プロでさえも。
その点、私は幸運だった。建築やデザインに携わるプロフェッショナルとご縁があったので、そうしたことを知ることができたから。

本気でデザインに向かっていけるか。AI任せで失うのは何か

最後に、今回のネタバレがデザインを仕事にしている人に役立つかどうか、参考になるかどうか?
こうした濃やかな設計ができるデザイナーは、当然ながら多くはないでしょう。それに、このようなやり方があるということを知ったところで、実際にやるかといえば、「できないしやりたくない」というのが本音じゃないかと思います。
だけど、クライアントが「アナログ感を出したい」と言ってきたら、やはりある程度、それを表現するための、極めて地味な作業にとりかからずにはいられないでしょう。

ついでに、AIのことにも触れておきたい。
AIの精度は、秒速で上がってきています。もう、かなりの完成度なのです。
でも、そこが落とし穴だ、ということに、ここまで読んで勘のいい人は気づいたはず。
そうなのです。
完成されすぎているのは、どこか野暮ったいのです。美しくない。

人間は「ゆらぎ」のなかに美を見いだすようになっている。
特に日本人は。
けれど、そのゆらぎさえも、年内にはAIも表現できるようになるかも知れません。
その時です。
じゃあ、AIにやってもらえばいいよね、と、なった時、労せずして結果は得られても、必ず失うものがある。絶対的にある。
それは何か。
「過程」がもたらす喜びです。
完成したものを見るのは誰だって嬉しい。だけど、それは終わりであって、実はちょっとつまらない。
遠足の前の晩がいちばんワクワクするようなもので、実は、まだ来ていない未来に向かっている時のほうが喜びが大きかったりもする。
AIに頼ると言うことは、その喜びをみずから捨てることになると私は思っています。
自分の足で一歩一歩山を登った人と、ヘリかなんかで一足飛びに頂上に降り立った人とでは、おのずから感激が違う。
AIを、私は使うことを楽しんでいるけれど、その一方で、アナログな職人的なクリエイションの世界を決して失うまいと思っています。

デザイナー:長澤伸 (キンアカデザイン)


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