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ババアと喧嘩

3年前、向かいの家に住むお婆ちゃんと
殴り合いの喧嘩をした。
原因は覚えていない。

強かった。
僕はアスファルトに横たわりながら、
去っていくお婆ちゃんを視界の端で追っていた。

4、5時間くらいたったか、昼頃気を失ったはずだが、
気がつけばもう空が茜色だった。

地面に散らばった持参したナイフやメリケンサックを拾った。
木製バットを拾うため手を伸ばそうとするも、
つま先に当たりコロコロと転がっていくバットを目で追いかける事しか出来ない。

満身創痍だった。

昨日の朝、僕はリベンジをするため家を出た。
すでにお婆ちゃんは外に出て僕を待ち構えていた。

腰はかなり曲がっており、手を後ろに回しながら微笑む姿は老婆そのものだが、目は据わっていた。
「今日で終いにしよう、正々堂々な」
お婆ちゃんは言った。

最後か、、真正面から向き合う覚悟は出来ていた。

僕は手に持っているナイフやメリケンサック。
背中や腰に挿したバットやヌンチャクを地面に放った。
警棒、スタンガン、クマ避けスプレーを放った。
防具や腹にある鉄板を外し、
この世で一番硬い靴のティンバーランドも脱いだ。

「そのつもりだ」
僕は言った。

電信柱のカラスが数羽飛んだのを合図にお互いに走り出した。
お婆ちゃんは既に空中を飛んでいた。
後ろに回していた細い腕はいつのまにか前にあった。

目を疑った。

左手に農業用の鎌を持っていたのだ。
ふざけるな、正々堂々できると思ったのに。
信じていたのに。

「クソババアが!」
俺は悔しさと怒りのあまり大声で叫んだ。

お婆ちゃんは鎌を投げた。

バカめ!鎌を投げれば丸腰だ。
僕は予備に忍ばせていたダガーナイフで鎌を弾いた。
カラン、と音をたて地面に落ちた。

僕は予備で靴下の中に差し込んでいたダーツの矢を3本投げた。

鎌で弾かれた。

なんだと?
さっき鎌は完全に弾いて地面に落ちたはずだ。

よく見ると鎌に紐のようなものが巻いてあった。
鎖鎌か?

もう一度お婆ちゃんは鎌を投げてきた。

もちろんダガーナイフで弾こうとしたその時、
鎌の軌道が変わり腕に巻き付いた。

「これは、鎖じゃない?」
動揺が声に漏れた。

鎖だとしたら速さが違いすぎる。
こんな小回りのきく鎖なんかないはず。

「お風呂の栓に使うチェーンだよ」
お婆ちゃんが言った。

「なるほど、ババアの知恵か、だがお互い武器は封じられた!どうする!」
僕は言った

「殴り合いに決まってるだろ!」
お婆ちゃんは言った

お互いに近寄り、おばあちゃんは右腕、僕は左腕で地面にある砂をお婆ちゃんの顔に投げ、目潰しをしてからお互いに殴り合った。

血や汗が混じった拳が、お互いの顔面を歪ませる。
僕の左手、お婆ちゃんの右手、左手、右手と。
交互に当たる。

左手、右手、左手、右手、左、右手、右手、右手、右手、右手、右手。。

空が見える。
大人になってから、空をしっかり見たのは久しぶりだった。
カラスが3羽、輪になって空を飛んでいる。

完敗だった。

「犬の散歩あるから帰る」
お婆ちゃんは僕に言って去って行った。

今朝、引っ越しのトラックがお婆ちゃん家の前に泊まっていた。
親戚なのか、家族が運転してると思われる車の窓から、
お婆ちゃんは僕のほうを見て中指を立てた。
「またなクソガキ!」
笑いながら言っていた。

あのババア探し出して必ずやってやる。
僕は包帯だらけの指を立てた。


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