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3. Naoki|読む人の運命を加速させる恋愛小説

*Part分けしていない「3. Naoki」全文です
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最初のお話👇

前回のお話👇



飲み会からの帰り道。ボクは友利花さんとの会話一つ一つを、今ぼんやりと思い出している。

飲み会は会社の後輩が企画をしてくれたものだった。
「先輩、なんか最近女っ気ないので企画しますよ」そう言って。

確かにボクは、もうかれこれ2年近く彼女がいなかった。欲しくないわけではなかった。けど別に焦ってもない。

「先輩、あと1年もしたらアラフォーなんだからそろそろ焦った方がいいですよ」後輩はいつもちょっとだけ生意気だ。
「いやいや35歳をアラフォーって言うな」ボクははぐらかすようにそう答える。
「いやでも、繰り上げ四捨五入したら40ですよ」
「あと5年もあるんだから」
「あと5年しか、ないんですよ」

あと5年しか、ない。確かにそうか。

ボクの友人の大半はすでに結婚し、子どもを1人2人持つ父親になっていた。1回、2回と過ぎていった結婚ラッシュはひとしきり済み、ここ数年はほとんど結婚式に招待されることもなかった。もちろんコロナという事情もあって。

まあ、タイミングが来たらいい人と出会えるだろう。そう思っていた。
そして今日、そのタイミングが来たのかもしれない。

後輩は今交際している彼女と女性2人を飲み会に連れてきた。2人とも彼女と同じ職場らしい。その2人のうち1人が、友利花さんだった。
紹介された友利花さんはとても可愛いらしい人だった。少し控えめに笑い、笑う時は口元を手で隠した。笑わない、というわけではない。むしろ笑顔も多く、よく笑うタイプだ。けど、笑う時は少し控えめに笑う。
職業が看護師なのは後輩から聞いていた。そしてボクは、看護師という仕事を普通の人よりも知っている。なぜならボクの姉も、看護師だからだ。看護師は忙しく、生活が不規則。そして看護師をしている女性は少しばかり気が強い。これはボクの偏見かもしれない。でも確かに姉は気が強い。姉の周りにいる看護師仲間たちも気が強い。だからたぶん、間違っていないと思う。
でも友利花さんからは、そんな気の強さのようなものは感じなかった。表情も優しく、穏やかで、友利花さんが看護師として働いている様子を想像するのが難しいほどだった。

「紹介する子、先輩より結構年下ですから大人の男性の魅力、ちゃんと出してくださいね」後輩はニヤニヤしながらボクに言った。
「大人の魅力って何だよ」ボクは笑って後輩に突っ込んだ。

でもその実、ボクは緊張していた。大人の男性としての魅力を期待されるのかもしれない。そう考えると緊張した。
友利花さんの歳は26歳。ボクよりも8つ年下。34歳にもなるとこうして紹介される女性の多くは年下だった。そういう時、ボクはどこかで「年上男性」というキャラクターを着込んでしまう。
大人の男性としての魅力、ちゃんと出せるだろうか?
大切な商談の前のような緊張。ボクはどのように見られ、評価されるのか。相手に良い印象を与えることができるのか。

でもボクは、飲み会が始まってすぐにあることに気づいた。
ボクはほとんど緊張していなかった。
紹介を通して女性と出会う機会は今まで何度もあった。人によって緊張の度合いは違う。全く緊張しない人もいた。でもそれは(申し訳ないけど)ボクがその人にほとんど興味を持てないことを意味していた。
でも友利花さんは違った。ボクはどこかで、友利花さんのことを「なんかいいな」と第一印象で思った。そうなるといつものボクならまず緊張する。でも友利花さん相手だと緊張しない。不思議と。
友利花さんは優しくて暖かい雰囲気をもっていた。何かこちらを包み込んでくるような。その中でボクはやけに落ち着いてしまったのかもしれない。

「初めまして。直樹といいます」
「初めまして。友利花です」

2人の会話は少し控えめに始まった。そしてお互いの温度感をとてもゆっくりと確かめるように、少しずつ周辺に及んでいった。趣味について、好きな食べ物について、お互いの仕事について。
こんな時、ボクはどこまで踏み込んだ質問をしていいのかわからなくなってしまう。

「友利花さん、料理するのが好きなんだ」
「はい」
「お酒も結構飲むの?」
「いえ、お酒は少しだけ・・・」

緊張はしない。居心地はすごくいい。でも何だか、会話が広がらない。
最初はまあ、こんな感じか。別に焦ることもない。友利花さんも特につまらなそうにはしていない。きっと大丈夫。

「直樹さんは何か趣味、ありますか?」沈黙が訪れると友利花さんはボクに質問をしてくれた。気遣いができる子だと思った。
「ボクは筋トレかなぁ。週2でジムにも行ってるし」
「すごいですね」そう言って少しばかり、友利花さんの意識がボクの体に向かっている気がしたけど、気のせいかもしれない。
「そう?ありがとう。友利花さんは?何か趣味とかある?」
「私は・・・、読書ですかね」少しばかり時間かけて友利花さんはそう言った。友利花さんが、読書。イメージとしてはピッタリだ。
「ボクも本読むよ。たまにだけど・・・」ボクは友利花さんとの共通点を探るように言った。
「え、ほんとですか!」明らかにテンションが上がる友利花さん。「どんな本を読むんですか?」
「そうだなあ。最近はスヌーピー・・・」ボクは言ったそばから少し後悔した。この前立ち寄った駅の本屋にスヌーピーの名言がまとめられた本が平積みされていた。何となく気になって手に取ったら結構いいことが書かれていた。それで買った。
「スヌーピー、ですか?」友利花さんは頭の中で何かを想像するように聞いた。ボクが、スヌーピー。きっとイメージが合わなかったに違いない。
「なんかスヌーピーのいい言葉がまとめられてるんだよね。変、かな?」ボクは少し自嘲するかのように言った。
「全然。変じゃないですよ。ただ、何だかイメージが湧かないなぁって思って」友利花さんはボクに合わせて控えめにクスクス笑い、そう言った。
「友利花さんはどんな本を読むの?」
「私はミステリーかなぁ」
「ミステリーかぁ」

ミステリー。
ミステリー、ミステリー・・・
誰だっけ、あのよくドラマ化や映画化されていたミステリー作家・・・
・・・ダメだ、思い出せない。有名どころぐらい読んでおけばよかった。そうしたらもう少し、友利花さんの好きな本で会話を広げられたかもしれないのに。
特に好きな小説家なんていない。読む本も何となく本屋で平積みされているものを選ぶくらいだ。今読んでいるスヌーピーの名言本もそう。

「大人の男性の魅力、ちゃんと出してくださいね」後輩の冷やかし混じりの発言が頭をよぎる。少しぐらい年上の余裕みたいなものを出さないと・・・。後輩が言うように、友利花さんにも少なからずそういう期待はあるはずだから。

「スヌーピー、いいですね」何も話さないボクの心を読むかのように、友利花さんは優しく受け入れるようにして言った。
ボクはどこか、フワッとした。この感覚、なんだか久しぶりかもしれない。

「沙織さんも同じ職場なんだよね?」沙織さんはボクの後輩が連れてきたもう1人の女性だった。
「そうです!出身も同じ東北で、すごく気が合うんですよ。住んでる場所も一緒なんです」友利花さんは軽い冗談を言うような雰囲気で楽しそうに言った。
「住んでる場所も一緒なんだ。それはすごいね」
「沙織は彼氏いるけど、今日1人だと不安だったので一緒に来てもらったんです」
「不安?」
「はい」そう言って、友利花さんは何かを思い出すように少し哀しい目をした気がした。
「それにあの子、お酒大好きだから」と友利花さんは笑いながら言った。可愛いおてんば娘に少し呆れる母のように。

ボクは沙織さんをチラッと見た。後輩と彼女と一緒に3人で楽しそうに会話をしている。人見知りをしないタイプなのだろう。
確かに結構飲みそうだ。既に何杯かおかわりしているけど、ほとんど酔ってないように見える。ボクよりも確実にハイピッチだし、酒豪の後輩にも引けを取らない。

「沙織、すごいんですよ!学生時代は平気で一升瓶とか空けてたらしいです」友利花さんはまるでその場に居合わせていたかのように笑いながら言った。
「それは、すごいね」ボクは一升瓶のインパクトに負けてうまく笑えなかった。一升瓶は、凄すぎる。

友利花さんは沙織さんに視線を向けた。少しばかり冷やかすように。
「なによ」沙織さんがそれに気づいて友利花さんに言った。
「何でもない」友利花さんはクスクス笑いながら目線を戻した。
このやりとりはいつも2人で交わされているんだろう。そんな安心感があった。
「沙織さんとは本当に仲がいいんだね」ボクは言った。
「はい、私以上に私のことを真剣に考えてくれる大切な友だちです」

私以上に私のことを真剣に考えてくれる大切な友達———

友利花さんの言葉が、場の空気に浸透していくのがわかった。
友利花さんは少し気まずそうにして目の前に置かれたグラスに手を伸ばし、まだ二杯目のピーチウーロンをゆっくりと少しずつ口に移した。
ボクはそれを見て、所作が何だか綺麗だなと思った。まるで茶道をしているかのようにピーチウーロンを飲む。そのギャップがどこか可笑しく、でも同時に魅力的だと思った。

「友利花さん、料理もするんだよね。得意料理は何?」友利花さんがゆっくりと美しくピーチウーロンを飲んでくれたおかげで、ボクは次の質問を思いつくことができた。
「得意料理ですか?そうだなぁ・・・」

返事を待ちながら、ボクはさっき友利花さんが言った言葉を反芻していた。

私以上に私のことを真剣に考えてくれる大切な友だち———

それは、どういう意味なんだろう。
とにかく沙織さんは、友利花さんのことを大切に思っているに違いない。とても真剣に、友利花さんの幸せを考えている。
ボクは斜め向かいの席で後輩たちと話す沙織さんを改めて視界の中に捉える。
この人はどこからどう見ても「看護師をしている女性は気が強い」に当てはまる。友利花さんとは雰囲気が違う。強さのようなものが感じられる。必要であれば全く動じずに名上の人ですら叱り飛ばせそうな、そんな雰囲気・・・
沙織さんは会話に夢中になっているようで、どことなくボクと友利花さんの様子を窺っているようにも思えた。きっとボクが、友利花さんにふさわしい男かどうかを判断しようとしているはずだ。それは自分の彼氏選び以上にとても真剣に。
ボクは沙織さんに、合格をもらえるのだろうか?

「直樹さん?」友利花さんの声がした。
「え?ああ、ごめんごめん。ちょっとボーッとしちゃってた・・・」
「はは、大丈夫です」また優しい笑顔。友利花さんは何でも許してくれそうな雰囲気がある。この子が怒ることなんてあるのだろうか。

「あなたは本当にマイペースだから・・・」ボクはこう言う母の声をすぐさま思い出せる。頭にこびりつくほど何度も言われた。
「直樹、聞いてる!?」ボクを呼ぶ姉の声もよく覚えている。
でもボクのマイペースは直らなかった。直らなかった、らしい。らしいと言うのは、ボクは自分が自分でマイペースかどうかわからないからだ。それがマイペースってことなのかな・・・

テキパキした母と姉に囲まれてボクは育った。至って平凡なサラリーマン家庭の末っ子として。父はたくさん話すようなタイプではなかったけどとても穏やかな人で、両親が喧嘩のようなことをしているのをボクは見たことがない。
ボクはそんな家族が大好きだった。今もたまに実家には顔を出す。居心地がいいからつい帰りたくなってしまう。
「いつお嫁さんを紹介してくれるの?」帰るたびに母はボクにそう聞く。ボクは「そのうちかな」と答える。それを聞いた母はまた「あなたは本当にマイペースなんだから・・・」と言う。でもそれは、息子が小さい頃から変わらないことを少しだけ喜んでいるようにも見えた。
何度も聞かれるから適当な返事しかしないけど、そうした母の気遣いも別に嫌な気持ちはしない。母も別にボクを焦らせるようなことは言わない。(焦らせても仕方ないと思っているのかもしれない)本当の意味でボクの幸せを願ってくれている。それが自然と感じられる。そんな母だ。そしてそれは、父も同じ。
ボクも将来、自分の家族のような暖かい家庭を作れたらいいなと思っている。

「友利花さん、良かったらLINE交換しない?」飲み会の終わりが近づく雰囲気を感じ取って、ボクは聞いた。
「もちろんいいですよ」友利花さんはまた、何もかも許してくれそうな笑顔でそう答えた。

友利花さんとLINEを交換できるのは素直に嬉しい。
友利花さんが画面に表示させたQRコードを読み込みながら、ボクは友利花さんの香りに包まれていた。

友利花さんとこうして近づくと、少し、ドキドキしてしまう・・・

ボクは恋愛経験が豊富とは言えないかもしれない。でもそれなりには経験してきたつもりだ。過去付き合った女性は二桁はいないにしても5人か6人・・・。それなりに長い付き合いも何度かあった。
でもボクは、友利花さんに近づくだけで、こんなにもドキドキしてしまう・・・
大人の男性としての魅力・・・

ボクはまた、後輩の言葉を思い出す。

こうして友利花さんとLINEでやりとりが始まれば、少なくともスタートラインには立てたのかもしれない。これからは時間をかけて、お互いのことを知っていけたらいい。焦る必要はない。お互い納得いくまで、時間をかければいい。

「これ、富士山ですか?」ボクのLINEアイコンを見て友利花さんが聞く。
「そうだよ!この前の夏に登ったんだ。とっても良かったよ」ボクは少しばかり興奮しながら言った。それぐらい富士山は素晴らしかった。
「そうなんですね」そんなボクの様子を興味深げに見つめながら、また優しい声で友利花さんは言った。
「友利花さんも今度一緒に登る?」勢い任せにボクは聞いた。
「あ、それは大丈夫です」真顔で友利花さんが言った。
「・・・、ハハハハハッ」ボクは爆笑してしまった。優しい雰囲気から一転、申し出をキッパリと断る友利花さんが何だか可笑しくて。
「えー、なんでそんなに笑うんですか?」友利花さんは本当に不思議そうに聞く。この感じを自然とやっちゃう人なんだ。なおさら可笑しい。
「ごめん、ごめん」ボクは笑いながら返す。「なんだか友利花さん、すごい面白いから」
「そうですか?」友利花さんは少し笑い、美しい姿勢を崩さずにまたゆっくりとお酒を口に運んだ。友利花さんはもうこのピーチウーロンで今日の飲み会は終えるつもりなんだろう。
席を一つ開けたその隣で、沙織さんと後輩は最後の一杯をタブレットで注文していた。

友利花さん。
この人が隣で、ボクの話を優しく聞いてくれる。そしてこんな風に笑い合える。そんな未来が待っているなら、ボクは幸せかもしれない。

「たまにLINEしても、いいよね?」ボクは聞いた。もちろんここで断られることはないだろう。でも一応聞いておきたかった。
「もちろんです!いつでもしてください。仕事で返せない時もあるかもしれないけど・・・」
「もちろん返せる時に返してくれたらいいから。ありがとう」
「はい」

2時間程度の飲み会は無事お開きになった。
ボクは友利花さんと色んな話をした。お互い笑顔も多く、LINEも交換できた。

よかった。
後輩が言う「大人の男性としての魅力」をアピールできたのかはわからないけど、とりあえずよかった。

友利花さんと沙織さんとは店の前で別れた。
友利花さんは最後ボクに向かって手を振ってくれた。あの優しい表情で。

2人は仲良さげに話しながら帰っていった。ボクはそんな友利花さんの後ろ姿と横顔をしばらく見つめていた。
「どうでした?」その様子を見て、ニヤニヤしながら後輩が聞く。
ボクは平静を装って「楽しかったよ。企画ありがとね」と言った。

ボクと後輩、そして後輩の彼女はしばらく3人で歩き、2人は地下鉄に乗ると言って違う方面へと向かった。
「じゃ先輩、また明日職場で。お疲れ様でーす」ボクは無言で手を上げ、それに応えた。
そして2人は今まで我慢していたかのようにサッと手を繋ぎ、去っていった。

ボクは来年もう35歳・・・。40歳まであと5年しかない・・・
焦ってはない。タイミングが来たら、きっといい人と出会えるだろう。
そしてそれは今日、現実になったのかもしれない。

ボクは1人、JRの駅まで歩きながらスマホを取り出す。
LINEは来ていない。
きっと今、友利花さんは沙織さんと今日の反省会をしているに違いない。それはボクという年上男性の魅力を評価する場なのだろう。
そう思うと、飲み会の間ずっと忘れていた緊張が、今になって少しばかりよみがえってきた。

「今日はありがとう。友利花さんとこうして出会えてよかったよ!これからよろしくね」
ボクはそう友利花さんにLINEをして、スマホをポケットにしまった。

東京の夜。顔を上げると、多くのカップルが手を繋ぎ歩いている。
頬に当たる少し冷えた風が、冬の訪れを予告している。ボクはその訪れが、どこか楽しみだった。


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