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4. Yurika|読む人の運命を加速させる恋愛小説

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最初のお話👇

前回のお話👇



「あの人なら大丈夫そう」
私が淹れたブラックコーヒーを啜りながら、沙織は淀みなく言う。足を組む沙織。いつもの沙織。

私と沙織はこの前の飲み会について話していた。直樹さんと出会ったあの飲み会。

「確かに優しそうだし、なんだか大人の余裕を感じたかも・・・」私は直樹さんのことを思い出しながらそう答えた。
少しばかり恥ずかしそうに話す直樹さん。優しい雰囲気。確かに人を傷つけるような悪い人には見えなかった。まだよくわからないけど・・・
「でも・・・」私は続ける。
「でも?」沙織がこちらを向いて聞く。
「松下洸平には敵わないかなぁ」私は大好きな俳優の名前を挙げてみる。沙織のツッコミを予感しながら。
間髪入れずに「松下洸平と比べるな!」と沙織は少し呆れた顔をして言う。
私は少しクスッとしながら、沙織はいつも沙織だなぁと感心してしまう。

私たちは同じ年に、同じ東北という場所から、同じここ東京で、同じ看護師一年目という立場で、出会った。配属も同じ小児科病棟だった。
沙織とはなぜか自然と仲良くなった。
どちらかが積極的に話しかけたわけでもない。私も沙織も無理に友だちをたくさん作ろうとするタイプじゃない。もちろん話しかけられたら拒まないし、同期や先輩たちとうまくコミュニケーションもとれる。
でも私は、集団の中にいる沙織の様子を見て、なんとなく気が合いそうだなと思った。沙織はどこにいても、だれといても、沙織だ。そんな沙織に興味を持った。そして沙織も私に対して、同じような感覚を持っているのがわかった。なんとなく、わかった。
研修やランチ、同期の皆で開く飲み会。そういった時、私と沙織はどこか同じリズムで過ごしていた。そして度々目が合った。笑うタイミングも同じだった。そして気づいたら、仲良くなっていた。
沙織は飾らない。沙織はいつも沙織で、それは私に対しても、沙織が「好き」と嬉しそうに語る彼氏に対しても同じだ。プライベートでも、職場でも。沙織は沙織。そんな沙織には不思議と何でも話せた。裏表のない沙織の姿に、不思議と私は頼ることができた。

「あの人なら友利花を幸せにしてくれるね」沙織はそう言った。私ではなくどこか遠くを見ながら。言葉に淀みも迷いもなく、まるで熟年の占い師のよう。
「そうかな・・・?確かに浮気はしなそう・・・」
「友利花を見る目が優しかったんだよ」沙織は私を真っ直ぐ見て言った。私の瞳の奥にある未来を見つめるようにして。
「そんなところまで見てたの?私より直樹さんのこと見てるじゃん」私は少し笑ってしまった。そして同時に嬉しかった。沙織はそこまで見てくれていたのか。
「そりゃ見るでしょ。友利花には幸せになってほしいから」沙織はまたどこか遠くに視線を戻す。

———友利花には幸せになってほしいから。

その沙織の真っ直ぐな声が、私の記憶を叩く。

私はどうして、幸せになれなかったのだろう・・・
何がいけなかった?私が、いけなかった?
浮気したのは彼。
「友利花が仕事ばっかりで相手してくれないしLINEもどんどん減っていって寂しかったんだ」
あの時の彼の言葉が、今も耳元で聞こえてくる。
私がいけなかったの?じゃあどうすればよかったの?無理に会えばよかったの?あんなに自分も部屋も、ボロボロだったのに?あの時少しでも無理して会っていたら、浮気なんてされなかったの?いつから、浮気してたの?いつから?
2月、疲れていたにも関わらず無理して彼を家に泊めた時は?
1月、一緒に温泉に行った時は?あの時すでに、他の女と・・・?
あの、クリスマスの時は・・・?

・・・

やめよう。

私は沙織の言葉で開きかけた扉を力強く閉める。わざと音がするように。もう二度と、開きたくない。
これはもう、終わったことなんだ。もう終わったんだから。

沙織に彼の浮気について話した日。ひどくジメジメとした曇り空だった。
だった気がする。もうあまり、覚えてない。
「あり得ない!!ホントあり得ない!!あの人なら友利花を幸せにしてくれると思ったのに!!!」
私の部屋で沙織はそう叫び泣いた。私の代わりに。
沙織の涙を見たら、不思議と私の涙は顔を出さなかった。場を弁えるように瞳の裏側でそっと息を潜めていた。
私は妙に冷静だった。浮気された女とそれを聞いて憤る友人。私はそんな2人を、どこか上の方から冷静に見つめていた。まるでドラマか何かを観ているかのように。

私の心は、あの時本当に死んだのかもしれない。浮気されて涙すら出なかったのだから。

「私以上に私のことを真剣に考えてくれる大切な友だちです」
私は直樹さんに沙織をそう紹介した。
私以上に怒り、私の代わりに涙を流し、私以上に私の幸せを願ってくれる。そんな友だちは沙織が初めてだった。

私は直樹さんを紹介された飲み会に沙織を誘った。沙織にも会ってもらえば安心だと思ったから。
正直今の私は、男性のことを信じられない。
どうせまた浮気される・・・男はみんな浮気する・・・
そんな風に思いたくなんてないのに、どうしてもそう思ってしまう。だから沙織を頼った。沙織がその男性のことをどう思うのか、それを知りたかった。私以上に私のことを真剣に考えてくれる沙織が、どう思うのか・・・

「友利花はどう思ったの?」沙織が真っ直ぐ聞いてくる。
沙織はすごく真剣だけど、けど決して押し付けがましくはない。あくまで私の考えを、意思を、尊重してくれる。優しさと距離感。そんな沙織のバランスが私は好きだ。

「うーん、確かに優しそうだけど、まだわかんないかなぁ」私は嘘なく答えた。
「そっか。LINEは交換したんでしょ?」
「うん、した」
「連絡は来た?」
「うん、来たよ」沙織が机に置かれた私のスマホに視線を移す。私はなんとなく、沙織がそう聞いている気がして「ちゃんと返したよ」と伝えた。
「そう」沙織はそう言い、目の前のマグカップに手を伸ばした。

———ちゃんと返したよ。

私は自分の口から耳へと届いたばかりの、この言葉の意味を考える。

———ちゃんと返したよ。

私は、「ちゃんと」が苦手だ。
けど沙織は違う。沙織は「ちゃんと」できる。
コロナでどれだけ仕事が大変でも、どれだけ職場のお局が傲慢でムカついても、どれだけ夜勤が続いても、仕事の昼休み、沙織は彼氏とLINEをしている。すごく楽しそうに、いつもの沙織のままで。
沙織はちゃんとできる。仕事も彼氏も、ちゃんとできる。
沙織だけじゃない。みんなできてる。みんな、仕事も、プライベートも。
でも私は・・・

直樹さんとLINE交換をした時、私は予防線を張った。それは直樹さんに期待させすぎないための予防線。私のことを好きにならないで、ということじゃない。ただ、私と頻繁にLINEができるとは思ってほしくなかった。ちゃんとすぐに返信しないといけないと感じると、苦しくなってしまう。また彼と同じようになってしまう。そう思ったから。
直樹さんはあの優しい雰囲気で「返せる時に返してくれたらいいから」と言ってくれた。
やっぱり年上男性は落ち着きがあって安心できる。この人とだったら、無理のないペースでLINEができる。そう思った。ありがたかった。

私はもう、同じ失敗はしたくない。私は、幸せになりたい。
そのためにもちゃんと・・・

「まあ焦ることもないよ。とりあえず連絡取り合って、たまに会ってみたらいいじゃん」沙織は私の胸中に静かに込み上げてきていた重さを感じ取ったのか、カラッとした湿り気のない軽さでそう言った。
「そうだね。・・・ありがとう」

いつもありがとう———。

私はそう言おうとして、やめた。まだ、今じゃない。
もし直樹さんと付き合うことになって、直樹さんとの関係が深まって、この前の恋愛で負った心の傷を、必死に閉じ込めた記憶を、もうすっかりと消化することができたら、私は心からの笑顔で沙織に「いつもありがとう」と言える。そう思った。

私の中で、過去よりも未来が、恐怖よりも期待が、ほんの少しだけ大きくなりつつある。

大丈夫。
どんな傷も、時間が解決してくれるんだから。



次回のお話👇

(後日公開予定です)

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