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業務引継ぎは中小企業の経営革新の好機

 <要約>中小企業では事務方は軽視されているため、業務引継ぎのことなど考えたくもないというのが現実だろう。その厄介なことから逃げずに踏みとどまって、企業革新や使いやすいIT化実現の好機と捉えると、一石何鳥もの成果を得ることができるのである。イヤなこと、避けたいことにこそ宝の山が潜んでいることに思い至ってほしい。


 業務の引継ぎは、一定規模以上の会社になれば人事異動に伴って頻繁に起こりうる。社員数が少ない中小企業では担当業務が固定化する傾向があるが、それでも社員の退職という事態も必然的に発生する。やむを得ずではあるが、そこで業務の引継ぎが必ず行われる。

 中堅・中小企業の経営革新のお手伝いをしていると、かなりの頻度で業務の引継ぎがスムーズに行われずに、業務の混乱、場合によっては事業自体の混乱を引き起こしたり、引継ぎを受ける側の社員に過重なストレスがかかって不満の温床になったりしている現場によく遭遇する。業務の引継ぎとそれにかかわる様々な問題を観察してみると、その会社が日常的に抱えている問題点やムダなどの患部が端的に浮かび上がってくる。

●唯一の事務方の退職で社内はパニックに…

 引継ぎに一番骨が折れるのは、引き継ぎすべき事項やノウハウが前任者の頭の中にだけあり、他の誰もが分からないというケースである。こういう事態が中小企業では結構多い。

 ある会社で、業務の引継ぎに関して次のような問題が発生した。この会社は住宅のリフォーム業を営んでいるが、工事管理システムの運用とそれにまつわる業務をキャリア15年のパートの女性(Aさん)ひとりで担っていた。Aさんは既に結婚もしているし、自分に寄せられている社長からの信頼を思えば、一生この会社で働いていきたいと彼女自身が常々語っていた。この言葉に嘘偽りはなかったと思う。

 そんなAさんが突然会社を辞めると言い出したのだ。理由はプライベート(どうもお子さんが病弱らしい)ということだった。総務部長としては、よもやAさんが退職するとは夢にも思っていなかったため、突然の辞意表明に慌ててしまった。Aさん以外に誰もこの仕事を代替できる人がいないリスクを常々承知していながら、家族同然のつきあいをしているAさんへの信頼が先に立ってしまい、Aさん以外に工事管理システムの運用業務を行える人間を育成することを、つい先伸ばしにしてしまっていたのだ。

 総務部長は慌てて業務の引継ぎ準備を行おうとしたが、ほとんどの人間が営業現場で数多くの顧客を抱えており、バックヤードに専念できる要員を急に手当することはできない。仮に要員を手当てできても、工事管理の手順書やマニュアルなどは何もなく、全てがAさんの頭の中にある状態。後任者には相当な期間、Aさんと一緒に仕事をしてもらわないと引き継ぎができない。

 どれだけ短期間で見積もっても、引き継ぎには3ヶ月は必要だとのAさんの意見。しかし、Aさんの退職は1ヶ月後に迫ってきている。このような場合、Aさんに融通を利かせてもらい、退職時期を遅らせてもらうのがベストだが、ご家族の看病が理由のため、期限を延ばすことはどうしてもできないとのこと。これでは、Aさんの退職後に業務が滞ってしまうことは目に見えている。

 総務部長は仕方なく派遣社員を雇って引き継ぎ要員を手当てし、外部のコンサルティング会社に委託して業務内容の現状把握と整理を行ってもらい、マニュアル化を進めた。その結果、なんとか1ヶ月の短時間で手を打つことはできたが、掛かった経費は膨大なものになった。

 このような事例は、何も特別なものではない。どこの中小企業にでも起こり得るだろう。というもの、中小企業では社員のほとんどが現場に張り付いて、事務はベテラン女性一人が切り盛りしていることがよくある(社長の奥さんというケースが最も多い)。だが、事業規模が大きくなってもこんな状態を放置しておくことは、危険きわまりない。この住宅リフォーム会社では、たまたまAさんの退職が契機となって仕事の進め方や組織管理の問題点が顕在化した。これらの問題点は、元々総務部長が気づいていたものばかりだ。問題に気づいていながらなんら手を打たずにいたため、いざAさんが退職という段になって膨大なコストを掛けなければならなくなったのである。わずか1カ月でもきちんと引き継ぎができたからまだ救われたが、仮にAさんが急病になり、引き継ぎさえもできなかったらどうするつもりだったのだろうか。引継ぎによるロスを極力減らす努力は大切だ。そのためには、普段からの準備が重要である。

●面倒なことにこそ、大きな発展のタネがある

 さらに言うと、そのような努力は本来なら引継ぎのための準備ではなく、業務の効率化や標準化、属人的な業務の排除のために行うことがベストである。ここで注目すべきは、“引き継ぎ”という状況を想定すると、業務の効率化や標準化、属人的な業務の排除を行う道筋が具体的に開けてくることである。引き継ぎを業務改革のチャンスと捉えて改善のメスを入れる前向きな発想に持ってゆきたいものである。

 ベテランの頭の中にしかないノウハウは引き継ぎが難しい。ならば、長期の研修や休暇を取らせて業務内容についてマニュアル等の文書化を行い、部下に指示を出させるような工夫もあってよいだろう。仮に重要な業務を1人で手掛けているのなら、計画的に人事異動を実施するなどの施策も考えるべきだ。ここまで来ると、総務部長というよりは、経営者の構想力と決断にかかってくるが…。

 世の中ではIT活用など当たり前の時代になってしまった。このような時代の引き継ぎは、従来の手書きの資料やマニュアルだけでは不十分である。IT活用のノウハウも引き継がなくては画竜点睛を欠く。IT活用については操作の習熟という問題も重要になるため、ソフト自体、操作性のよいものを選択しておくことが重要になる。操作が複雑であったり、専属の担当者にしか勘所が分からないシステムを作成していると、思わぬ時にそのつけがまわってきて、大きなコストが発生してしまう。

 中小企業では事務方は軽視されているため、業務引継ぎのことなど考えたくもないというのが現実だろう。その厄介なことから逃げずに踏みとどまって、企業革新や使いやすいIT化実現の好機と捉えると、一石何鳥もの成果を得ることができるのである。イヤなこと、避けたいことにこそ宝の山が潜んでいることに思い至ってほしい。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第67回 業務引継ぎは中小企業の経営革新の好機」として、2004年2月2日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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