言語が違えば、世界も違って見えるわけ を読みました.

「言語が知覚に影響を及ぼすのか?」という疑問に対する研究をまとめた一般向け書籍.とはいっても,「**語は文法的に素晴らしいので**語を話す民族は理性的である」といった類の言説を真っ先に却下してから話が進みます.

本書のかなりの部分を占めるのは「色」について.ホメロスが「葡萄酒色の海」と表現していた事実が本書の導入となっています.そもそも色を表現する語彙が時代とともに大きく違うこと自体知らなかったので,かなり勉強になりました.

古代ギリシア人が生理学的に色の認識機能が違ったのでは→そんなことは無かろう(千年単位で人類の生理学的特性が変化するとは考えづらい),というように,この問題に対する歴史的経緯を豊富な文献調査によって詳述しています.解剖学・神経科学の知見が積みあがってきたことでこの説は妥当でなくなったわけですね.あと,全体通してサピア・ウォーフがかなりしつこくやっつけられていたのが印象的でした.

色を表現する単語と認知をはじめとして,それ以外にも対象とする言語的な性質ごとに歴史的経緯→最近の実験成果,と進む構成になっています.

  • 文法的要素の複雑さと社会規模の関係について(それに加えて音素の多様さについて)の実験と考察.

  • 色の分け方が異なる母語間ではそれらの色を区別する課題について反応時間が有意に異なっている.

  • 名詞の性(ジェンダー・マーカー)が認知や連想に及ぼす影響を計測した実験

文法や語彙はその話者に「何を意識しなければならいか」を強制し,その結果認知の枠組みにも影響を及ぼしうる,というのが現時点での大まかな結論(だと思います).

個人的に興味深かったのが,本人の自己申告に頼らざるを得なかった実験が,近年では物理量(反応時間やMRI画像など)に基づく定量的なものに置き換えられていることですね.

この実験は現実の色感を直接測定したわけではないが,視覚知覚と密接な相関関係にある次善の要素,すなわち反応時間を客観的に測定することができた

「言語が違えば、世界も違って見えるわけ」第9章

この後に(かなり長いので直接引用できませんが),後年脳の活動を直接計測できるようになったら今の時代の実験は無用になるかもしれないけど,それでも技術的に可能な範囲で取り組むしかないよね,という趣旨の記述が続きます.

どういった学問=世の中の仕組みを根拠を伴って説明しようとする試みでも,その時代に得られる道具を最大限活用せざるを得ないわけです.道具に制限があれば結論にも制限があり,道具が発達すればそれまでに得られていた知見は修正される.むしろその修正を受け入れる絶え間ない営みが「学問」なのだなあ,と再確認できました.

(2022年9月ごろ読了)

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