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エアマンの更年期

「更年期」という用語は、どうやら海外ではさほど一般的ではないようです。英語で強いて言えばmenopauseらしいですが、menoはメンスつまり月経が、pause即ち停止することで、「閉経」という用語に近いニュアンスです。男性の更年期となるとmale menopauseというようですが、男性に閉経なんてあるのでしょうか?いずれにせよ、エストロゲン、アンドロゲンといった性ホルモンが減少していく心身症のことなのでしょう。

更年期障害、つまり更年期の症状と云われる不調は、概ね3つに大別されるようです。
血管運動障害は、自律神経の不調により血流が増した場合は顔面の火照り(hot flash)、発汗過多、頭痛、逆に血流量が低下した場合は冷え、肩凝り、疲労感が起こると云われます。その他、めまい、動悸といった症状も自律神経失調によるものと解釈されます。
神経障害は痺れ、関節痛、腰痛などが代表的です。但し、整形外科の先生に伺うと、痺れについては椎間板ヘルニア、ストレートネック、脊椎辷り症、脊椎管狭窄といった器質的な脊椎症が主原因であって、性ホルモンの減退が理由ではないことも多いとのこと。同様に肥満による加重過多や、加齢による変形性膝関節症が原因の事もあるそうで、何でもかんでも更年期障害ではない訳です。
精神症状も更年期障害の代表的な症状として、しばしば取り上げられます。不眠、イライラ、抑うつ気分、意欲低下などが代表的ですが、ここでも他に説明可能な疾病がないか鑑別が重要です。特にエアマンの場合、機長昇格の時期にあるとストレス性の心因反応であることが多々あります。今まで数えきれないほどの機長と面談しましたが、機長に昇格する際の心身への負担は相当なもので、殆どストレスを感じなかったという方は記憶にない程です。

そういう事で、更年期障害という用語は臨床医学では軽々に使われないそうです。けれども性ホルモンの減退による心身の異常は、大なり小なり多くの人々に発生するので、更年期障害という言葉があるのです。
これらを前提に、今まで見聞したエアマンの更年期障害の留意点を考えてみました。
最も警戒すべきは「注意散漫」であると思います。FAAのHIMSドクター(薬物依存を含む心身症の判定医)に伺うと、いわゆる更年期のエアマンで交通事故や交通違反をたて続けて起こす時期があるとのこと。二人乗務で搭乗する時にはクロスチェックで航空機事故には進展しないものですが、一人で車を運転している時には問題を起こすというのです。
次に注意すべきは「物忘れ」であり、これは昭和生まれのおじさん・おばさんエアマンなら誰しもが自覚している事でしょう。いつも通過しているwaypoint名が分からない、さっき打合せしたばかりのパーサーの名前が出てこない等々、情けない事ありゃしません。
ここで重要なのは、物忘れとは記憶力低下であり、記憶障害ではないというのです。内科の先生方に伺うと、更年期での記憶障害では時折りアルコール多飲による脳症(Wernicke-Korsakoff型)、脳梗塞、水頭症、それに近年日本では梅毒が基礎疾患として見つかるとのこと。ドキッとしたら、人間ドックを受けましょう。
また物忘れは、認知能力低下でない事も忘れてはなりません。認知症にはアルツハイマー型が代表的ですが、他にも色んな発症様式が知られていて、中には30歳代から見られる若年発症型があるそうです。性格変化や言葉が出にくいなどの初期症状があり、周囲には比較的容易に異常を気づかれるのですが、機長昇格訓練によるストレスだろうと勝手に誤解されて、診断が遅れがちなのです。若年発症型は男性より女性に多いそうで、自分が経験した事例もそうでした。その事実を知らされた時は本当にショックで、どうして何もしてあげられなかったのだろうと落ち込んだものです。

近年アンチエージングという概念が一般化して、更年期障害についてもホルモン補充療法が実用化されています。ホルモンを練りこんだ切手大のフィルムを貼付する簡便な治療のため、婦人科の診療所で治療を受けることが出来ます。単純なホルモン補充療法であれば、航空身体検査で問題となることもまずないでしょう。年齢相応な性ホルモン減退以外に疾患が見つからないこと、更年期障害の症状が乗務に支障を来しかねないこと、きちんと婦人科医のフォローアップを受けることが最低条件です。

ホルモン補充療法は、悪く言えば問題の先送りに他なりません。少しずつ齢を重ねることを良しとするエアマンは、加味逍遥散など体質に応じた漢方エキスを内服する治療法もあります。まずは自分自身を取り巻く生活状況を熟考し、自らの心身の衰えを自覚しながら、それがエアマン人生に如何ほど影響しているかを内省するのが第一歩でしょう。


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