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読書備忘録

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小さな書評集と称して、推薦図書を紹介しております。当記事が素敵な本と出会うきっかけになりましたら幸いです。
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#文学

【読書備忘録】2666から心経まで

 お久しぶりです。久しぶりすぎて序文の感覚を忘れてしまいました。最後の投稿日は2022年7月31日なので、1年以上【読書備忘録】の更新を怠っていたことになります。継続的に読んでくださっていた方々には誠に申しわけありません。  別に飽きたわけでもやめたわけでもなく、複合的原因でこのような予告なしの長期休止に至りました。その理由には「本を買うお金がなかったから」という身も蓋もないものから、精神的問題による停滞と別件の作業が想像以上に影響したことがあげられるのですが、こんないいわけ

【読書備忘録】夢の本から郝景芳短篇集まで

 この記事の投稿日は五月五日。四月三〇日をもって平成は幕をおろし、時代は令和に変わりました。新元号も何卒よろしくお願い申しあげます。もっとも元号に関してはこの数日で語り尽くされた感が否めませんが、一言も触れないのも無愛想かと思いまして【読書備忘録】の序文にてご挨拶させていただいた次第です。ちなみに平成最後に読了した書籍は当記事で紹介している『郝景芳短篇集』です。令和もよき本に出会えますように。 * * * * * 夢の本 *河出文庫(2019) *ホルヘ・ルイス・ボルヘス

【読書備忘録】クロニカからトラウマ文学館まで

 果たして【読書備忘録】に序文は必要なのだろうかと疑問を抱いておりますが、列挙するだけでは味気ない気もするので悩みますね。今回は数年前に刊行された書籍、または復刊された書籍が目立っております。また当マガジンにおける紹介順はあくまでも読了順であり、順位を表すものではありませんので何卒ご了承ください。 * * * * * クロニカ 太陽と死者の記録 *惑星と口笛ブックス(2018) *粕谷知世(著)  電子書籍レーベル、惑星と口笛ブックスの日本ファンタジーノベル大賞受賞作品復

【読書備忘録】自転車泥棒から仮想の騎士まで

 日本翻訳大賞の推薦が完了したから次はTwitter文学賞の投票だと息巻きながら本文を書いています。一月二月は読者参加型の賞が連続するため、一年間の出版を振り返る時期になります。この一年間もたくさんの良書に出会えました。けれどもそれ以上に未読の書籍が多く、まだまだ読みたりないというのが正直な気持ちです。未知なる頁を求め、一頁の面白さを噛み締め、最近のおすすめ本を紹介させていただきます。 * * * * * 自転車泥棒 *文藝春秋(2018) *呉明益(著) *天野健太郎(

【読書備忘録】ヴィクトリア朝怪異譚からガルヴェイアスの犬まで

 一二月頭の夏日は何だったのでしょう。数日後には一転して寒風が吹き、師走らしい寒気に見舞われています。もう奇怪な気象に馴染み始めているのであまり驚きませんが、お世辞にも健康的とはいいがたい現象だけに勘弁していただきたいものです。さて。今回の【読書備忘録】は二〇一八年刊行物が多いですね。復刊も含まれています。これから名著になる素敵な書籍が並んでいるので、少しでも読書のお手伝いができれば幸いです。 * * * * * ヴィクトリア朝怪異譚 *作品社(2018) *ウィルキー・

【読書備忘録】狂人の船からネット狂詩曲まで

 この序文を書き始める前コミックマーケット95の当落発表がありまして、Twitter/Mastodonは大変な盛りあがりを見せていました。そのため公開を若干遅らせた次第です。それにしても11月ですよ。そろそろ冬の足音が聞こえてくる季節なので、風邪など召さないよう体調にはお気を付けてください。ときには読書でもして静かな時間をすごしましょう。というわけで今回もおすすめの本を10冊紹介します。 * * * * * 狂人の船 *松籟社(2018) *クリスティーナ・ペリ=

【読書備忘録】奪われた家/天国の扉から流され雛の朝まで

 日本といえば自然災害と認識されそうですし、実際その見方は正鵠を射ていると痛感するこの頃。近畿地方を中心とする台風被害、北海道で発生した大地震。それらの続報を見聞しながらこの文章を書いています。複雑な気持ちですけれどもバタバタしたところで事態は好転しませんし、せめて暗闇に灯る一点の光になれることを願い、平常運転で日々をすごす所存です。東日本大震災では筆者の地元も少なからず影響を受けました。余震や飲食問題が心配される中、精神状態を保つのに本は大きな力になりました。それを思い起こ

【読書備忘録】日本人の恋びとから文豪たちの友情まで

 記録的という生易しいものではなく、新記録を樹立した二〇一八の酷暑。肉体を動かすのも億劫で必然的に読書量が増えております。もう本でも読まないとやっていられません。今回は若干文庫本多めでお送りします。また、全三巻を分割するという初の試みもしており、そちらも注目していただけると嬉しいです。素敵な本がたくさんありますよ。 * * * * * 日本人の恋びと *河出書房新社(2018) *イサベル・アジェンデ(著) *木村裕美(訳)  名作『精霊たちの家』で世界的に名を馳せたの

【読書備忘録】蕃東国年代記からボルヘス怪奇譚集まで

 この文章を書いているのは五月三十日。間もなく梅雨入りです。暑気にはそれなりに対応できる方ではありますが、湿気には弱くて梅雨は乗り越えるぞという覚悟を決めなければいけません。あと湿度が高くなると文庫本や新書がペコンと歪むことがあるので、保護に全身全霊をささげるつもりです。それでは今回もお気に入りの本を紹介します。 *  *  *  *  * 蕃東国年代記 *創元推理文庫(2018) *西崎憲(著)  唐と倭国の中間にある小国蕃東。ときは臨光帝がおさめる時代、宮廷に仕える貴

【読書備忘録】ドニャ・バルバラから落下症候群まで

 先日スマートフォンを購入して日常をアップデートしました。それに関しては以前雑記で書きましたね。とはいえ電子書籍はデスクトップか電子書籍端末を利用しているので、今のところ読書環境自体は従来通りです。それでもこの未来機器が新たな世界を見せてくれるのではないか、と期待しています。というわけで(?)今回もお気に入り本を紹介しますね。 *  *  *  *  * ドニャ・バルバラ *現代企画室(2017) *ロムロ・ガジェゴス(著) *寺尾隆吉(訳)  ロムロ・ガジェゴス賞で

【読書備忘録】エロマンガ表現史からマイタの物語まで

 春らしからぬ寒風が吹いているこの頃、春眠どころか冬眠しそうです。皆さまも体調にお気を付けてください。さて、前回からやや間隔はあきましたが、この間にもたくさんの良書に出会えました。その中から特に気に入った書籍を紹介します。 エロマンガ表現史 *太田出版(2017) *稀見理都(著)  面白かった。エロスの代表格である「おっぱい」の表現方法、乳頭に躍動感を与える「乳首残像」、古くは葛飾北斎もとり入れた「触手」、グロテスクでありながら濃厚な交接を展開させられる「断面図」、絶頂

【読書備忘録】ブラス・クーバスの死後の回想から硬きこと水のごとしまで

ブラス・クーバスの死後の回想 *光文社古典新訳文庫(2012) *マシャード・ジ・アシス(著) *武田千香(訳)  邦題通りブラス・クーバスが死後自分の人生を顧みる物語。別に幽霊が夜な夜な屋敷の住人の枕元で怨み言を語るのではなく、主人公ブラス・クーバスが死後作家として記述するのである。死後の世界で書き綴っているのか、それとも死後も現世にとどまっているのかはわからない。けれども本作品のテーマはあくまでブラス・クーバスの独白内容にあるのでメタ的解釈は置いておく。奴隷制度を継続した

【読書備忘録】ダスクランズからクトゥルーの呼び声まで

ダスクランズ *人文書院(2017) *ジョン・マックスウェル・クッツェー(著) *くぼたのぞみ(訳)  J・M・クッツェーは南アフリカやヨーロッパと植民地の歴史を掘りさげ、言語や人種に関わる諸問題を端正な文体で綴ることで知られている。強靱な意志と広範な知識から織りなされる作風。その文化の重みを語る壮大な物語は独自の寓意性に富み、華々しい開拓の裏に隠された残酷な、血生臭い差別と排除の歴史が精密機械のような筆致で展開されている。三十代目前のクッツェーが借家の半地下で筆を起こした

【読書備忘録】テルリアから死体展覧会まで

テルリア *河出書房新社(2017) *ウラジーミル・ソローキン(著) *松下隆志(訳)  舞台は二十一世紀紀半ばのロシア、ヨーロッパ。首都モスクワを中心とする地域はモスコヴィアなる国に変貌し、それぞれ壁で区切られたモスクワ、ザモスクヴォレーチエ、ポドモスクワが栄えている。イスラム原理主義勢力との戦争で疲弊したヨーロッパも変わり果てており、その近未来における社会構造は概観するだけで目がくらむほど緻密だ。近年良くも悪くもわかりやすいストーリーラインが目立っていたロシアのポストモ