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妄想日記㉔もしも私がおじさまだったら。

安心した。
ドアを向こうには若々しい小夜がいた。
前髪をセンターで分けて富士額を見せている。
「おはようございます。ごめんなさい。朝早くに」
「いいよ、どうぞ」
俺は部屋に入るよう促した。
小夜は首を振った。
「昨日、駅へ行ったら今日電車が出るって教えてもらったんです」
「そうか」
ほっとしたような寂しいような。
俺の顔はどんなふうに見えているんだろう。
「聡一郎さんには良くしてもらってばかりで」
小夜はダッフルコートのポケットから何かを取り出した。俺の手を取り、何かを握らせた。
イヤリングだった。
「これは君にあげるよ」
「そんな返します」
「あと、まって」
俺は部屋の奥へ行き、例の引き出しからいくつか貴金属を出してきた。
「両手を出して」
小夜の手のひらに指輪を2つ、ネックレスを1つ、あと、戻されたイヤリングを放った。
「すごい」
「君にあげる」
「駄目です、そんな」
「別れた妻が置いていったものだよ。俺が持っていても仕方がない。これからの旅で困ったらコレを売るんだ」
「私、お返しが出来ない」
「もう、もらった」
小夜は貴金属を両手に包み、胸に当てた。
「夫が、あなたのようだったら、もう少し頑張れたかもしれません」
俯き加減に囁く小夜を思わず抱きしめた。
「ありがとう」
向き合うとキスしてしまう。
でも小夜はすぐに俺から離れた。
「さよなら。聡一郎さん。ここでお別れです。本当にありがとうございました」
頭を下げるやいなや走り去った。
俺は追いかけなかった。

夕方になって散歩がてら駅を訪ねた。駅長さんは箒で床掃除をしていた。
「こんにちは」
「ああ、聡一郎さん」
「小夜さんは帰られましたか?」
「はい」
「昭和39年にですか」
駅長さんは首を振った。
「いえ、平成の初めに行く切符を買われていました」
「平成の初め?」
「何やら少女小説がよく売れた時代とかで」
「そうですか。書くことが好きな方でしたので、少女小説家として活躍出来たらいいですね」
「はい」
「お仕事中、失礼しました」
挨拶を済ませると、俺は駅を後にした。
若き美人少女小説家として小夜が活躍する姿を想像した。
平成の初めか。
時効も成立している。 
小夜の部屋に残されていた錆び朽ちた裁ちばさみと汚れたタオルは俺がちゃんと処分しなければならない。





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