見出し画像

はじめましての短編集

はじめまして。
やさしい短編小説、写真の人、
小牧幸助です。

2021年2月から1年あまり毎日書いていた
1分で読める小説391作品の中から
オススメの7作品まとめました。

空がくれたブランコ

画像1

 靴を脱ぎました。夕暮れ時。彼女は高い建物の誰もいない屋上にいます。地上の人々が小さく見えました。ビル風に前髪が乱されます。これほど後ろ向きな前への一歩はないかもしれないと、彼女は目を閉じて苦笑しました。

 一歩、進もうと目を開けたとき、彼女は目の前にブランコがあることに気づきました。水色の座面から伸びる二本の鎖は、夕空へと続いています。風が吹き、ブランコは彼女のほうへ揺れました。自然と鎖を両手に取ります。

 彼女はブランコに腰かけました。静かに漕ぎ始めると、ほとんど空を飛んでいるようです。彼女には怖くありません。橙色の陽を浴びながら、いつの日か公園で漕いだように、彼女は力いっぱいブランコを漕ぎました。

 ひとしきり漕いだあと、彼女はブランコを止めて、屋上へ戻ります。けれど、まだ何か物足りない気がしました。彼女は思います。ブランコで、靴飛ばしがしたい。彼女は鎖に手をかけながら、もう一度、靴を履きました。




倒置法のラブレター

画像7

 元気にしていますか、君は。元気です、私は。倒置法が厳罰化されてから初めてのことですね、こうして手紙を出すのは。秘密警察にすぐ捕まるそうです、倒置法を使わなければ。聞きました、手紙も検閲されると。

 離れていても思い出されます、君と過ごした日々のことが。君は癒してくれました、ひとりぼっちで寂しかった私の心を。し足りません、いくら感謝しても。心より願っています、君の幸せな新しい暮らしを。

 嘘になります、寂しくないと言えば。それほど大きかったのです、君の存在は。分かっています、君にはもう会えないと。それでもいられません、伝えずには。分かっています、これが私のわがままだということは。

 私は歯がゆい、倒置法でこの想いを伝えるのが。構わない、捕まっても。こうすれば伝わるでしょう、私がどれだけ君のことを強く想っているのか。私は君のことを、心から愛しています。




星空の糸電話

画像2

「いってきます」という彼女の声を最期に聞けなかったのが心残りでした。もう十年も前のことですが、彼はよく覚えています。かかってきた電話のせいで、彼はいつものように彼女を玄関で見送ることができませんでした。

 いつも家で工作をしている彼女の器用な手つきが好きでした。幼稚園で子どもを喜ばせるため、いろいろな工作をしていたのです。紙コップや牛乳パック、トイレットペーパーの芯などを使い、おもちゃを作っていました。

 彼女がいなくなってからも、彼は夜の散歩を欠かしませんでした。今でも一緒に歩いている気がするためです。星空に一筋の光が見えました。流れ星かと思いましたが、ゆっくりと彼のほうへ降りてきます。紙コップでした。

 その底から青く光る細い糸が夜空へ伸びています。彼は紙コップを手に取りました。耳に当てると、やさしい声が聞こえました。一言だけでしたが、十分でした。彼は口を紙コップで覆って言います。「いってらっしゃい」




義理堅いニワトリ

画像3

「この御恩は一生忘れませぬ」と渋く低い声でニワトリはお礼を言います。捨てられてダンボールの中で冷たい雨に打たれていた時、青年が自分の傘を貸してくれたのでした。濡れて帰る青年の背中を、ニワトリは見送ります。

「優しい御仁だ。傘は必ずお返しいたす」と傘の下でニワトリは誓います。その日から、ニワトリはその場所から一歩も動きませんでした。三歩歩いてしまうと御恩を忘れてしまうからです。また青年が通るのを待ちました。

 風の日も、また雨が降った日も、ニワトリは仁王立ちで青年を待ちます。ある日、ニワトリの前に大きな野良猫が現れました。襲いくる鋭い爪と牙。それでもニワトリは一歩も動きません。「傘は必ずお返しいたす!」

 青年が再び通りかかった時、ニワトリはボロボロでした。抱き上げると、温かくなった傘。動物病院で、青年は飼い主になりました。早朝にまだ寝ている青年の顔を見て、ニワトリは呟きます。「この御恩は一生忘れませぬ」




ビスケットに魔法を

画像8

 夏。終戦の一年まえ、疎開していた兄と私は、ひと袋のビスケットを手に入れました。白米は食べられず、芋や豆で量を増やした麦ごはんを口にしていた私たちにとって、甘いビスケットは神様の恵みのようです。

 ビスケットは十五枚。兄と私で毎日ひとり一枚ずつ食べることにします。兄は魔法使いでした。ビスケットをポケットに入れて叩くと、二枚に増えるのです。兄はいつも増えたビスケットを一枚、私にくれました。

 毎日、私はビスケットのことばかり考えていました。魔法を使えるのは、一日一回。兄がポケットでビスケットを増やしてくれた十五日間のことは、戦争が終わってからもずっと覚えていました。

 先日、亡くなった兄の遺品を整理していると一冊の手帳が出てきました。戦時中の手記です。日誌を読み、ようやく私は気づきました。兄は魔法など使えなかったのです。兄は一枚もビスケットを食べてはいませんでした。




百年生きたリス

画像4

 秋。百年生きたリスが見知らぬ若い森を訪れます。仲間のリスたちは遥か昔に先立って、さびしい時を過ごしてきました。ようやく迎えが来そうだと悟ったリスは、永い眠りにつく場所を求めてこの森へたどりついたのです。

 リスは気づいていません。ここは、若い頃にリスが暮らした土地でした。リスが座った場所には、かつて親友だった木が生えていたのです。住心地の良い木で、生涯一緒に過ごすつもりでした。大きな山火事が起こるまでは。

 秋空が焦げた日。炎から逃れるため動物たちは森から逃げ出しましたが、木は動けません。若かったリスは黒煙に飲まれながらも、親友の木に生っていた木の実をできるだけ多く、できるだけ深く、地面に埋めました。

 リスは埋めた木の実のことを忘れます。けれども、ここは知らない森ではありません。澄んだ秋風に鳴る紅葉。親友の子どもや孫たちに看取られて、百年生きたリスは目をつぶります。懐かしい森の香りがしました。




ドングリの帽子屋

画像5

 つまらない失敗をした日。あなたは、下を向きます。台風が去ったあとの青空は澄んでいても心は晴れず上を向く気になれません。気晴らしに散歩をしていると、見慣れない店。帽子屋でした。あなたは店へ入ってみます。

「久しぶり」と喋りかけられました。けれども、店内に人影はありません。「俺はこっち」と声のするほうを見れば、日に焼けたレトロなレジのそばに小さな店主がいます。ドングリでした。「ゆっくり見ていってくれよな」

 棚に並ぶ秋色の帽子を眺めます。鮮やかな帽子を手にとると、暗い今日の過ちが思い出されました。ため息をつくあなたの肩に、いつのまにか店主が載っています。「あんた、嫌なことでもあったか」。あなたは苦笑します。

 店長はあなたの耳もとで語りました。「生きていれば陽の光を浴びるのも苦しい日もあるよな。だから帽子屋やってんだ。そういうときは下を向いて歩いたっていい。昔、そうやってあんたは俺を見つけてくれただろ」






画像6

#ショートストーリー #短編小説 #物語 #読書

この記事が参加している募集

X日間やってみた

いただいたサポートで牛乳を買って金曜夜に一杯やります。