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でんぷんの煮えばな

炊き立てのご飯はとても美味しく感じます。これは炊き立てに特有の美味しそうな香り、穀物の甘み、そして食感の絶妙なコンビネーションが生み出す魔法で、比較的最近では福井大学で「ビニルフェノール」や「インドール」といった香味成分の抽出に成功したことがニュースになりました。

焼きたてのパンも、とても美味しく感じます。これも焼成に伴った澱粉の変化や、お馴染みのメイラード反応とともに、小麦粉の灰分などの個性から生み出される香りが大きく寄与します。細かな分析はわからないのですが、うどんの茹でたてが美味しいのもきっと似たような理由があるのでは、と想像しています。穀物は、その澱粉が初めて糊化するときにだけ生まれる香りがあるように思います。

以前投稿した、三島一福の焼きそばも、美味しさの正体はここでした。一福のあの独特の麺の秘密は、店が仕入れた生中華麺の自家蒸しです。なかなか焼きそば麺の蒸しを手元でやる機会は少ないかもしれませんが、普通にスーパーで市販されているラーメン用の中華麺を一度蒸してみると、色づくと共に香ばしい香りがつくさまがわかります。麺の甘みが出て、これだけで食べても美味しいものです。

一福ではもともと、三島の丸勝食品さんから麺を仕入れていましたが、その後2013年の事業買収により麺のムロフシさんに切り替わりました。そこで一福が仕入れていたものと同じ中華麺を研究用に定期的に発注していましたが、今年の春にムロフシさんから閉業のご連絡をいただき、いよいよ直系の引き継ぎ先がなくなってしまったところ、ご厚意で麺のレシピをお譲り頂くことが出来ました。

現状専業ではないため、限られた発注量での麺のオーダーを引き受けていただける製麺業者がなかなか見当たらず、手元研究も兼ねて自家製麺の道も探りましたが、「一福のような麺を作る」のはそれなりな投資無しにはなかなか簡単には進みません。しかしとあるご縁から、三島の製麺事情や歴史にとても詳しい製麺所の社長とお話しする機会をいただき、今後の道筋に明るい光が差し始めました。ノウハウが失われつつある三島スタイルの二度蒸し麺にも造詣が深く、麺にかける情熱が言葉の端々から伺えました。小規模の発注対応もしていただけそうです。

まだまだ提供機会を増やすのには時間がかかりそうではあるのですが、一福にあったような香ばしさのある蒸し麺を少量作るのは、実はそんなに難しくはありません。適当な蒸し器、もしくは鍋とザルなどを利用して、生の中華麺を色づくまで蒸すだけです。火力にもよるのですが、しっかり蒸気が出ている状態で数分〜10数分といったところでしょうか。狐色に近いくらいの色が入っていれば、糊化は進んでいるので大丈夫です。

そこから先は、さまざまなやり方があります。一番多いのは一度茹でるパターンですが、二度蒸しの場合は一度水洗いして麺をほぐします(お湯→水のパターンもあります)。やってみればわかりますが一度目の蒸しが終わった状態は麺同士がかなりくっついていますので、水かお湯でほぐす前の状態でぜひ一度食べてみてください。美味しいので驚くと思います。

ほぐした後に蒸しを入れた場合は、さらに色が深まります。目指すところまで蒸しを入れたら、最後にもう一度水もしくはお湯でほぐして麺は完成になります。製麺所で個包装をする場合はここで油を添加して、麺同士がくっつくのを防ぎます。かつて存在した「赤蒸し麺」も、このプロセスで製造されていました。

そしてこのプロセスを実際に試してみると、最初に蒸した直後の「麺そのものの美味しさ」が、プロセスが進むごとに弱くなっていくのがわかります。焼きそばは、最終的には調味して食べるものなのでしかたない側面もあるのですが、一福はあの麺の香りと輪ゴムのような歯応えに最大の特徴がありました。それは、最初の蒸しで生まれた「でんぷんの煮えばな」の美味しさを活かしたものだったわけです。

最近では、一福をオマージュした焼きそばを提供するお店が現れたり、三島の楽寿園で一福焼きそばの復活プロジェクトなどが発足したり、ちょっとしたモーメンタムが起こりつつあるように思います。いつか三島の名物の一つになってくれたら嬉しいですが、まずは自分に納得のいく完成度を求めて、研究を進めて行きたいと思います。

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