結局は自分次第という話。

ショックな出来事が起こって良いことをあえて探すとすれば、物事への耐性ができることですかね。
これまで「何に悩んでいたっけ?」というくらいに他のことがどうでもよくなりました。あとは日々平和に過ごせていたことへの感謝。
それに気づけたからよかったね〜とはならないけど。

まさかこの年になって、うわーーんと声に出して泣くほどのことが自分の身に起こるとは思っていませんでした。

もう30代も半ばなんですけどね。

なんかもうすっかり大人になったし生活も落ち着いてきて、勝手に同じような時間がゆるっと過ぎていくものだと勘違いしていたけど、まだまだ人生いろんなことが起きるんだろうなあ。

落ち込んだ日は、ご飯が食べられなかったり、日中ずーっとシクシク泣いて何もできなかったり、イライラしてむしゃくしゃして誰かにあたり散らしたい時もあったり、あとは家族の前で表情を作ることができなくて、ホテルに泊まったり。
もう情緒がめちゃくちゃでした。

そして落ち込みながら一つだけ気づいたこと。
それはすごく当たり前な事なのですが、

「現状から自分を救えるのは自分だけ」と言うこと。


例えば学生時代であれば、小学校が終われば中学校、中学校が終われば高校…と言うふうに、強制的に環境が変わって、その時の悩みって悩みじゃなくなったりするキッカケが勝手にあるんですよ。

でも今はどうか。

よっぽどのことがない限り、環境って勝手に変わりません。
もし今が辛い毎日だと言う場合、どうやったらそこから抜け出せるのか。

抜け出すことを、自分が決めるしかないんですよね。

どんだけ絶望しても誰も助けることはできなくて、自分が「もうやめよう」と思わない限り、自分が変えようと思わない限り、現状を変えることはできない。

悲しいことが起こった時、どうしても自分を悲しませた出来事や、相手のせいでずっと辛いと思いがちなのですが(確かにキッカケはそうなんだけど)、ずっと悲しんでいる、ということを選択しているのは自分なんです。

なのでシクシク泣く日々をやめたければ、自分でやめるしかない。
自分のために、自分で区切りをつけていくしかない。

まだまだ波はあるけど、そこに気づけるくらいには落ち着いてきた、と思うことにします。

悲観的な時間を過ごすことをやめるために、カウンセリングを受けたり、ジャーナリングをしたり、話を聞いてもらったり(周りの皆様その節は本当にありがとうございます…)する中で、友人との、とある会話が印象に残っています。

「30代ってほんっと色んなこと起こるよなあ〜」と言ったら、友人から返ってきた言葉。

「ほんと色々あるよなあ。でも、だから面白いっていうのも思うんよなあ。」


たしかに…!

どうせなら、楽しいことだけじゃなくて、しんどいことも悲しいことも、まるっと面白がって生きていきたい、そう思って漫画を書き始めたんだったな、という気持ちを思い出しました。

いずれこの数ヶ月も、ネタにして笑ってやりたいです。

先日広島で食べたお好み焼き

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