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パワハラも“無く”、LGBTQも“いなかった”時代を生きた人たち | 悲しくもおだやかな不動産屋

幸せで有害な人々の話~東村山の不動産会社

一部の“おっさん”たちが、自分より若い人たちのことを甘えている、自分たちの時代はパワハラなんて“なかった”し、サービス残業は当たり前。がむしゃらに仕事一筋でがんばってきたのだなどというとき。
 
配偶者が家庭を守り、男性が女性よりも優遇され、会社という共同体が自身の雇用やステータスを守り、右肩上がりの経済情勢が暮らしを援護してくれたからこそ、がむしゃらに努力ができたのだという視点が、すっぽり抜け落ちていることがよくあります。
 
また、貧しい高齢者に対して自業自得だなどと言い放つのは、若い人たちではなく裕福な高齢者なのだそうです。
 
バブル崩壊による就職氷河期に就職活動をした人たちのことや雇用環境の変化等を理解できない人たち。そして、貧しい高齢者もそれぞれに複雑な事情が絡み合って現在に至っていることに想像力が及ばない人たちが安全な場所から石を投げるわけです。
 
ちなみにそういう人たちの中には、子ども食堂や児童養護施設関連など、子どもの問題に関しては熱心な人も多く、その無邪気な善意は社会全体にとって質が悪いともいえます。
 
まんざらバカではあるまいに、なぜそう簡単に子どもは天使、大人は自業自得と、勧善懲悪の世界に浸れるのか、不思議でなりません。

おっさんスピリッツを継承するものとは徹底的に闘う~東村山の不動産会社

「堅実」な人生を送ることができるのは、社会制度や人々の意識下にある世俗的な「当たり前」の感覚に守られているからです。

その感覚がどれだけ自分が自分らしく生きるということを担保してくれているのかということがわかっていないから、ひどい言動が行えるわけです。
 
日本では同性婚が認められていませんが、結婚というのも、婚姻という社会制度です。ですから同性同士だと、男女の婚姻を前提とした諸制度を原則的に活用することができません。婚姻制度があるからこそ成立し得る、「事実婚」などというような選択肢もあり得ないわけです。
 
パワハラも“無く”、LGBTQも“いない”世界を生きてきたオジサンたち……。

もうそんな当事者たちに何を言っても仕方ないし、順番から言えばそう遠くないうちにこの世を去る人たちだしとあきらめ気味な私(阿部)ですが、それを継承する同世代とは徹底的に闘うつもりでいます。

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