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【文学紹介】(続き)蜜柑を剥く手に漂う恋情 周邦彦:少年游

1:前回の続き

前記事 【文学紹介】蜜柑を剥く手に漂う恋情 周邦彦:少年游からの続きになります。

北宋後期に生まれた詞人、周邦彦の作品を見ていきましょう。

2:少年游

【原文】
并刀如水、呉鹽勝雪,繊手破新橙。
錦幄初温,獣香不断,相对坐調笙。

低声問、向誰行宿。城上已三更。
馬滑霜濃,不如休去,直是少人行。


【書き下し】
并刀は水の如く、呉鹽は雪に勝り、繊手新橙を破る。
錦幄初めて温かく、獣香断たず、相対して坐(そぞ)ろに笙を調ず。

声を低めて問う、誰が行に向いて宿らん。城上已に三更。
馬滑りて霜は濃し、去ることを休むに如かず、直(た)だ是人の行くこと少なからむ。

【現代語訳】
水のように輝く并州の刀子、雪にも勝る呉の国の塩、
蜜柑を剥くしなやかな手。
錦の帷は暖かくなったばかり、獣の香炉から漂う香煙は絶えることなく、
向き合ったまま笙を奏でる。

声を潜めていうことには、
「これからどなたのところへお行きに? 既に三更の時分です。
お外は寒く、霜は濃く、お馬も滑って進みません。
行かない方が良いでしょう。街はすでに人も少ないことでしょう。」


3:作品解説

今回は詞なので、少し不規則ですが、
全て4-4-5の文字数で書かれています。

そして最後の文字がそれぞれ
橙(トウ)、笙(ショウ)、更(コウ)、行(コウ)と押韻しております。

初めの部分、并刀は并州で産出、作られたハサミ・小刀、
呉鹽は呉の国でとれた塩のことです。
塩は蜜柑を塩漬けにするのでしょうか?
それぞれ蜜柑を食べる時に使うものだと思われます。

繊手はしなやかな細い女性の手。
女性が手ずから蜜柑を剥いてくれていることがわかります。

直前の水のような小刀、雪のような塩という表現と相まって、
雪のように白く輝く女性の手と蜜柑の橙色のコントラストが想像されます。

同時に蜜柑を剥いた時にふわっと香るツンとした蜜柑の香り
自ら蜜柑を剥いてあげるという部分から感じ取れる女性の男性への恋情など
情景描写の中に五感や人物の思惑がさまざまに感じ取れる描写だと思います。

by Antonio Cansino@Pixabay

ちなみに并刀は詞の中では「物思いを断ち切ってくれるもの」
として使われるケースがあり
今回も女性の恋慕を匂わせるツールとして機能しています。

錦の帷は女性の部屋の調度品。「初めて」は「〜したばかり」
という意味なので
徐々に部屋が暖かくなってきたということでしょう。

まだ二人が部屋に来てまもないことが想定できます。

その部屋の中でお香が絶えず焚かれている。
獣香は動物の形をした香炉のことです。
外の寒さからは隔絶された二人だけの空間のような印象が強まります。

獣香(参照:https://baijiahao.baidu.com/s?id=1662737105701017015&wfr=spider&for=pc)

そしてその中で向き合ったまま笙を演奏している、
というのが前半部分になります。

前半の情景描写を受け、
後半は女性から男性への投げかけの言葉となります。

「低声」は低い声。笙の調子とは対称的に、
囁くようにそして思惑ありげに話しかけます。

「向誰行宿」の「誰行」は「谁那里」くらいの意味で
「誰のところに」となります。少し口語的です。

囁くように女性から
「で、これからどこかに行こうというのですか?」
と投げかけます。

「城上已三更」の「更」は昔の夜を表す言い方。
一晩を5つに分け、その一つ一つを「更」と言い表します。
一更は約2時間、三更は晩の11時から深夜1時に相当するので
これから外出は厳しい時間帯です。


そんな深夜の寒い時間帯、
「馬滑霜濃」は馬が容易に滑ってしまうほど霜が濃く降りている、
という感じです。

by StockSnap@Pixabay

そんな時間帯ではいかないに越したことはありません(不如休去)と
女性は言います。
「もう行く人もいないでしょうから、ここにいましょうよ」
という言葉で最後が締め括られます。

4:最後に

この詞の中で描かれているのは男女のやり取りです。

低い声で「ここに泊まっていきなさい」と囁く女性の描写は
ある種生々しくもあり、思惑を秘めた息遣いが感じられるような
臨場感があります。

しかしそれでいてこの詞が単なる
「生々しい男女のことを詠んだだけの作品」に堕ちていないのは
前半に描かれた情景や彼女の姿の描写によって、
どこか清浄で高貴な印象が与えられている
からなのかもしれません。

この詞を読むたびに、
雪のような白い手が蜜柑を剥くときに一瞬、
蜜柑の香が漂う映像
が思い浮かびます。

相手のために自ら蜜柑を剥く、という行動と相まって
非常に印象的なシーンです。

そしてこのイメージがあるから、
後半の囁きが響くんだろうと思うと同時に、
腕という一部位しか描かれなかった前半から
急に声(と顔や唇)がクローズアップされる展開
など
とても上手いなあ、、と思ってしまいます。

こういった世界観は詩ではなかなか描かれないため
漢詩しか知らない状態で最初に詞を知った時はなかなか衝撃的でした。

日本では参考書などは漢詩ほど多くはないですが、
ぜひ興味を持たれた方は読んでみてください!

それでは、今回はこの辺で!

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