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第30話 推しがいる世界

歩美が頼んだメロンソーダと自分用のアイスレモンティーを持って席に戻る。ファミレスに行くとよく自分の席を見失いがちだが、今日はどれだけ席から離れていても、一緒に来ている友人の歩美がこれ以上ないくらいに興奮していて、その熱気と圧で席を探す手間が省けて助かる。まあ、わたしも充分興奮していて、自分の周りだけ気温が高いのを実感している。
「おまたせー」
血走った目でソファに座っている歩美の前にグラスを置いた。
「メロンソーダで合ってたやんな?」
「うん、ありがとう」
わたしも席につく。
「てか、聞いてや。ここのドリンクバー、ビックル置いてあってんけど!」
「ビックル!?」
「そう。誰が飲むねんって感じ」
「それな」
歩美はズズズとメロンソーダを啜った。

「いやー!それにしても今日のライブも神やったね!」
「マジそれ!まごうかたなき神回。優弥くんカッコいいすぎて死んだもん」
「分かる。てか、あーみさぁ、」
歩美は自分のことを あーみ と呼ぶ。
「響輝くんにファンサしてもらった!」
「マジで!?」
「マジで!うちわの「3秒見つめて」見つけてくれて、ちゃんと3分見つめられた」
「3分は長ない?一曲分やで?」
「でも、ほんまに見つめられてんもん!せやからライブ終わってからずっと瞬き我慢してんねん」
「コンタクト、パリパリなるで」
「今もな、ずっと目の前に響輝くんがおる…」
「お、おん…」
私はレモンティーを一口飲んだ。…甘っ。
「いやでも、」
「「推しがいる世界って最高!!」」

「てか、今回のグッズさ…」
歩美がグッズでパンパンの大きなトートバッグを漁る。私も自分で買ったのを改めてカバンから出した。と、そこへ
「お待たせしました。ポテトフライでございます」
「あ、すいません。えっと、ここにお願いします」
慌ててテーブルを片付ける。
「はーい、ありがとうございまーす」
店員さんへの感謝を忘れない。こういう小さい徳を積むことで、推しのライブのチケットが取れる確率が上がる…のかどうかは分からないけど。
パーマがかってふわふわした黒髪、涼しげな目、スッと高い鼻、外してるけど隠せていないピアスの穴、血管の浮き出たたくましい腕、しなやかそうな長い指…。去っていく店員さんの後ろ姿に私の目は釘付けになった。
「ちょ、歩美!」
「何?」
「ねぇねぇねぇねぇ!歩美!!歩美!!!」
「いや、だから用件何よ?」
「今のお兄さん、バリカッコよくなかった!?」
「え?」
「今のポテト持ってきてくれなさった男性。バリタイプなんやけど!」
「ほーん…」
歩美は彼が去っていった厨房の方を覗いて、
「康太くん…?」
と呟いた。は?「康太くん」?
「じは?「康太くん?」何で名前知ってんの?しかも下の名前!」
「たぶん、知り合い。…あ、」
再び彼が厨房から出てきた。他のテーブルに料理を運んでいる。嗚呼、カッコいい。
「あー、やっぱりそうや。康太くんや」
「何?歩美、知り合い?」
「うん。地元の先輩で、」
「で?」
「いとこ」
「いとこぉ!?」
待て、聞き捨てならない。
「いやぁ、ファミレスでバイトしてるとは聞いてたけど、まさかここやったとはねぇ…」
歩美の独り言は完全に独り言。私の耳に入らず消えていく。
「いやいやいやいや、そんなん聞いてないって!」
「言うてないもん」
「せやけどさぁ…」
歩美と私は、同じアイドルのファン同士で、SNSで知り合った。偶然同い年で住んでるところも近いってことで盛り上がって仲良くなったんだけど、だからお互いの交遊関係はよく知らない。家族のこととかもほとんど知らない。
「なぁ、康太くん様ってどんな人なん?」
「えっとねぇ」
「あ、ちょい待ち。メモる」
私はカバンからメモパッドとボールペンを出して構えた。グッズがこんなところで役に立つとは!実用と保存用で2つ買っててよかった。
「えっとね、23歳の大学院生で、」
「うんうん」
「乙女座のB型」
「乙女座のB型!?私と一緒や!」
「サッカー部入ってて、」
「あー。っぽいなぁ」
「好きな食べ物はハンバーグ」
「可愛い!王道男子やん」
「で好きな飲み物がビックル」
「「ビックル!!??」」
二人揃って一つの謎が解けた。
「せやからドリンクバーにビックル入れてるんや!!」
「なるほどな!康太くん効果なんやな!」
「そんな訳あるか」
急に渋い低音イケボが降ってきた。
「え?」
我が推し(NEW)、康太くんがいた。

「あ、康太くん!久しぶりー。働いてる?」
「見たら分かるやろ。バチバチに労働中や」
「なぁ、あのビックルって康太くんが選んだん?」
「そんな訳あるか!最初から入ってただけやって。…?あー、えっと、この子は歩美の友達?」
「せやd…」
「ここここここ康太くん!さん!は、初めまして。お初にお目にかかります。私、歩美さんと仲良くさせて頂いております。早苗でございます!」
「早苗ちゃん。康太です。よろしく」
「ふぁっ…ふぁい!!!」
私、昇天。
「で、康太くんサボりに来たん?」
「ちゃうわ。…これ」
康太くんは私たちのテーブルに小さなアイスパフェを2つ置いた。
「え?私ら、アイス頼んでへんけど…?」
「俺のおごり。ゆっくりしてってなー」
康太くんはウインクを一つ飛ばして、また厨房の方へ戻っていった。
「ありがとうございます!!!」
私は彼の後ろ姿に向かって90°に最敬礼した。
「康太くん、神すぎる…」
「早苗ー。早よせな、早苗の分のアイスも食べるでー」
私が推しを崇めている間に歩美はさっさと康太くんのサービスアイスを食べていた。
「ダメ。取ったらどつく」
「えー」
私は歩美に牽制しながら大きく深呼吸をする。
「何やってんの?」
「深呼吸」
「それは見たら分かるわ。何で急に深呼吸始めたん?ラジオ体操するんやったら最初っからやらな意味ないで」
「ちゃう。今ここ康太くんの成分濃度めっちゃ濃いから、なるべく同じ空気いっぱい吸おうとしてるだけ。同じ空気を共有してるってことはつまり、一心同体!?」
「…はいはい」
「てかさ、さっき康太くん帰りしなにウインクしたやんな!?」
「えー?してたっけ?」
「してた!めっちゃしてた!あんな近距離でそんなんされたから私もう、目妊娠した!」
「何言ってんねん!…って言いにくい私がおるな…。ライブ中の響輝くんのファンサにやられたもん」
「せやろ?分かるやろ?」
「まぁ、うん。え、優弥くんは?早苗のイチ推しやなかったっけ?」
「優弥くんも推し。でも遠くのアイドルより近くの康太くんって言うやん!」
「言わんわ」
「だから康太くんも推すの!よし、まずは聖地巡礼がてら、ビックル淹れてくる!!」
「おー、行ってらっしゃーい」
私はドリンクバーへと向かった。

「早苗、ご機嫌やなぁ。…いつ言おうかな。康太くん、バツイチのタラシやって」

「嗚呼、推しがいる世界って最高!!」


<END>
2020年12月24日  UP TO YOU! より

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