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なぜ今、セミパブリックが必要か?社会の分離を繋ぐデザインをデザイナーが担う意義

2023年度グッドデザイン賞を受賞したNTTコミュニケーションズのKOEL Design Studioは、これを記念し、公共とビジネスの中間地帯である「セミパブリック領域でのデザイン」をテーマにしたトークセッション「セミパブリックのグッドデザイン 〜公共とビジネスのあいだの社会課題を解決するデザイン〜」を2月21日(水)に開催しました。

ゲストには、KOEL Design Studio設立にもご助力いただいたKESIKI 石川俊祐さん、ヒロタデザインスタジオ 代表 廣田尚子さん、公益財団法人日本デザイン振興会 理事 矢島進二さんをお迎えしました。

KOEL 代表の土岐哲生、KOEL Head of Experience Designの田中友美子と共に、セミパブリックの定義や公共におけるデザインの役割、デザイナーが担うべき役割についてお話しいただきました。本記事ではその模様をレポートします。

(左から)KOEL 代表 土岐哲生さん、KOEL Head of Experience Designの田中友美子さん、公益財団法人日本デザイン振興会 理事 矢島進二さん、ヒロタデザインスタジオ 代表 廣田尚子さん、KESIKI 石川俊祐さん

グッドデザイン賞の歴史に見る、パブリック概念の変遷

最初の話題は、2020年の4月に発足したKOELが取り組むセミパブリックの業務について。土岐さんは「行政による公共の事業と、企業によるビジネスの間にあるものをセミパブリックな領域と考えています。元々、NTTは逓信省にルーツを持ち、セミパブリックの領域に関わり、社会課題解決に向かって取り組んできました。KOELはデザインを通じて人や企業に愛される社会インフラを実現したい」と語ります。

土岐「その思いを実現するために、KOELは社内全体へのデザインの浸透や、事業戦略からデザイン、実装まで支援することで、社会課題解決を目指す組織です」

社内にある事業課題を解決すべく、年間で約60件のプロジェクトに関わっているKOEL。設立後3年間の取り組みを通じて医療や教育の領域における課題に向き合ってきました。

2023年度グッドデザイン賞を受賞した心疾患患者の運動習慣獲得支援サービス「みえるリハビリ」
3年にわたり人口減少・高齢化という視点からKOELが行ったビジョンリサーチプロジェクト
KOELも組織として2023年度グッドデザイン賞を受賞した

土岐さんは「NTTグループ全体の社員数は33万人。そのコアとなる情報通信事業は、日本の産業発展において重要な基盤であると同時に、社会課題解決のためにはさまざまな企業や顧客と手を取り合う必要がある」と続けます。

メインセッションでは、矢島さんからグッドデザイン賞の変遷を紹介いただきました。

2024年で68年目を迎えるグッドデザイン賞について、時代の象徴とも言えるグッドデザイン大賞の歴史を遡りながら、現在求められているデザインの価値を探りました。

初代1980年のレコードプレイヤー「SL-10」に始まり、人とロボットの関係をデザインした1999年の「AIBO」、ユーザーセンタードデザインの代表とも言える、2005年の“痛くない”インスリン用注射針「ナノパス33」、インクルーシブデザインである2015年のパーソナルモビリティ「WHILL」、パブリックの概念をスイッチした2018年の「NPO法人 おてらおやつクラブ」。矢島さんはその変遷をたどり、「セミパブリックは今に始まったものではなく、脈々と続いてきたもの」と解説します。

グッドデザイン賞の審査員である石川さんは、「審査の視点でドラスティックな変化となったのは、2018年のおてらおやつクラブでした」と振り返ります。同じく審査員の廣田さんは、「2000年を境にものから仕組みのデザインへと変化していった」と語りました。

セミパブリックは「分離したものをもう一度取り戻す」行為

続くトークセッション「大企業とセミパブリックのあり方」では、KOELが受賞したテーマでもある「セミパブリック」について、その審査時のエピソードが明かされました。廣田さんは「セミパブリックは、実はあまりデザインがされていないジャンル。誰がどう関わってデザインしたらよいのかがわからない領域とも言える」と、審査の視点を解説。「KOELがセミパブリックという言葉を持っていたことが重要だった」と、その意義を次のように説明いただきました。

廣田「近年のグッドデザイン賞では、社会に何を貢献したのか、誰がどう幸せになるのかが明解である必要があります。セミパブリックの定義の完成有無ではなく、そのジャンルを作り、この海原でやるべきことがあるというKOELさんの意志を評価して後押ししたい、という議論がありました」

これらの評価を受けて土岐さんは、「我々は国営企業であったため、現在に至るまで公共性と企業性は大事にしてきた」とした上で、「デザインを活用して二律背反するものを繋ぎ合わせる活動を”セミパブリック”という言葉にでき、そこを評価いただいたこともとてもうれしいです」と改めて感謝を伝えます。

では、なぜ今の時代にセミパブリックが必要なのか。その背景について矢島さんは「本来は一体であったパブリックとプライベートが、高度経済成長によって分離し、溝が出来てしまったのではないか」と問いを投げかけます。

矢島「その分離した溝は、行政の取り組みだけでは埋められない。そして、企業もまたパブリック性を持たないと価値が上がらない状況になってきている。行政と、NPO法人や社会貢献性の高い企業などの組織とが、双方とも歩み寄り連携していく。それを新たな領域として、デザイナーが活躍していく。それがちょうど、2024年現在の状況なのかなと思いました」

この「分離した溝」について石川さんは「デザイナーは、ビジネスや世の中において良心的な役割を果たすべき存在」とした上で、「そういう良心的な職能が、大企業の中でセミパブリックの領域を取り扱い『分離したものをもう一度取り戻す』ことに、とても意義があると思います」と、デザイナーが良心的な役割を担うことの重要性を強調しました。

デザインは「誰」がするのか? 時代と共に変化する主体性

メインセッションのトークテーマとなった「セミパブリックの定義」。石川さんは「今は、国や事業主、地域で、ケアされきれないものがどうしても生まれてきてしまっている状況であり、それらがセミパブリックの対象になっている」と語り、セミパブリックの必要性とKOELが取り組む意義を次のように述べました。

石川「セミパブリックは、本来は無い方が良いはずなんです。セミパブリックが必要のない世界は、さまざまに人ともの自然が繋がり、循環し、共生して機能している状態だとも言い換えられるからです。

大企業がそこに取り組む意義は、インパクトの大きさにあると思います。NTTグループに在籍する33万人が、世の中でケアされきれないものをケアするための事業を考えることに対する期待値も違います。本当は誰かの領域であるのにケアされていないもの、そういう間にセミパブリックがある。ヒューマンセンタード・デザインの捉え方や位置付けを見直してみるのも、重要な議論だなと思いますね」

これを受けて田中さんは、「ヒューマンセンタードデザインと言われ出した頃は、役割が作る人と受ける人に固定されていた」と当時を振り返ります。

田中「最近は市民参加型の取り組みも増えてきて、作り手と受け手のボーダーが緩くなってきているように思います。ユーザーの声を聞くことは市民の声を聞くことであり、消費者の中には提供者もいる。その分離のなさは、セミパブリックの観点でも大事なことなのかなとも思います」

デザインの主体について廣田さんは「デザインって誰がするの?といえば、少し前まではデザイナーという専門職の人がするものだという考えが主流でした。それが、現在は『デザインマインドやクリエイティブマインドは誰もが持っていて、それを発揮してよいのだ』という風潮になってきています」と、時代と共に主体性の重心が変化したことに言及します。

廣田「もちろん、専門職にしかできない専門性の高い領域は存在しますが、それでもその敷居が下がってきてる。KOELさんによってNTTグループの33万人がデザインマインドを持ったら、きっと日本が変わります。今回のグッドデザイン賞の受賞によって、誰しもが『自分もデザインをやってもいいんだ』という気持ちになるきっかけになるとよいなと思います」

セミパブリックにおいて、デザイナーが切り拓くべき「第一歩」

続くトークテーマは、「セミパブリックの領域でデザイナーにできること」。

石川さんは、第一に「フィールドワークや観察」などのリサーチ業務を挙げました。

石川「セミパブリックにおいては、その場に足を運んでさまざまなものを感じとって、調査対象の側に一緒に立つという共感的・質的なフィールドワークが不可欠です。その役割をデザイナー職が担えば、寄り添い方や距離感もさらに近くなるはず。さらにそれを事業として俯瞰して見た時に、世の中にどのような意味やインパクトがあるのだろうと目線を往復する。それが、まずデザイナーにできることなのではと期待しています」

田中さんは「ファシリテーターとしてのデザイナーの役割が広がってきている」として、「リサーチの過程でも、どのようなコミュニケーションが伝わりやすいのかのスキルが磨かれていく。そのノウハウでウィルを引き出すことが、デザイナーがセミパブリックの領域で大事にすべきスキルなのでは」と、実践を重ねる中で得た見解を語りました。

「ファシリテーターとしてのデザイナーの役割」に石川さんも同意し、「プロジェクトにおいて、まずはやってみる、その第一歩を踏み出すこと」の重要性を次のように語ります。

石川「日本人には決まり事を守ろうとする良さがあって、違うことをやろうとすると『ダメなのではないか?』という空気が出て、足踏みしてしまう場面がある。でも、誰もダメとは言ってない。そこで自分が踏み出すのか、あるいは誰かに踏み出させるのかという、デザイナーが「勇気」を持ちブレイクスルーを担うことが重要になるのだと思います」

矢島さんからは「デザイナーの能力が発揮されるのは、課題を解決する場面だけでなく、何が課題なのかを見出す場面でもある。パブリック領域ではそれが最も重要」と述べると、田中さんや廣田さんも同意し「その伝え方はデザイナーに任せて、それ以外は皆で参加するとよいのでは」と、デザインの専門領域の境界線についての仮説が語られました。

事業にとってのデザインの意義と成果を、いかに伝えるか

話題は効果測定に移ります。廣田さんは「セミパブリックの領域は、これまでの物やサービスの開発におけるデザインとはスケール感が違う」とした上で、「デザイナー側も企業側も、あるいは受け手の人たちも、すぐに答えを出すのではなく、中長期的な視点で構える必要がある」と、成果を急がないことの意義を語りました。

これに対し土岐さんは「我々も非常に苦労しているところです」と共感を示し、KOELで現在行なっている仮説検証について次のように述べました。

土岐「短期では成果が出にくくとも、プロセスには変化があると思うんです。現場で何が話されていて、何の変化が起きているのかを経営層にも伝えていくことによって、前進を実感してもらう。長期的なプロセスを分解し、事業にとっての意義を数値も括り付けながら説明していくことが大事なのかなと考えています」

効果測定のあり方が変わろうとしているのは、セミパブリック領域だけではありません。石川さんが「そもそものKPIを、変えざるを得ない流れになっている。四半期や単年度では成果が出ないと、経営層も気づきはじめていると思うんです」と投げかけると、矢島さんや土岐さんも「市民や投資家も、短期的な成果だけではなく、社会をどう変えていくのか、公共性をどう持つのかという中長期視点を重視し始めている」と同意を示しました。

土岐さんは、KOELにおける実践例として「デザインの意義に腹落ちし活動していく社員が増えているが、その活動をNTTグループ33万人に広げようとすると時間が必要」と語ります。KOELとプロジェクトを共にしたメンバーには、所属する事業組織で人材育成を担う人もいると説明し、「各事業組織の中でデザインの良さを面で広げていく活動も行っており、部署の壁を超えてデザイン活動を推進するバーチャルチームも構築されています」と、社内に存在する数多くの事業部について、内側と外側の両輪で働きかける取り組みを紹介しました。

デザイン変革のプロセスは、ドミノ倒しではなく“発酵”

未開の領域ゆえに暗中模索が必至となる、セミパブリック。デザインによる変革の過程について、廣田さんは「ドミノ倒しのように一気に加速するというよりは、じわじわと温度が上がってプツプツと発酵するようなもの」として、「KOELさんが社内にできたことで、『デザインって、何?』と質問できる対話の場が生まれました。『デザイナーが1名、会議に入るだけで進み方が違うね』というきっかけを生み出していけるのは、その発酵の第一歩なのではないかなと思いました」と、KOELの今後に期待を寄せました。

田中さんはここまでのセッションを振り返り、「セミパブリックのデザインには答えがあるわけではなく、セミパブリック自体もどんどん変わっていくものなのだと思いました」と述べ、「デザインで世の中がどんどん変わっていくので、“やってみる”の気持ちと熱意は、クリエイティブであるデザインから発信していきたい」と意気込みを語ります。

土岐「NTTコミュニケーションズは、実はNTTグループが提供する主要な事業を網羅できるほど幅広い事業を展開しており、NTTグループの縮図とも言えます。かつてインターネットを社会に広げるためにプロバイダーサービスのOCNを立ち上げたように、失敗してもよいから新規のビジネスを立ち上げ、仮説検証しながらグループの将来の姿を模索し、形にしていくことが求められているのかもしれない、とも思います。

セミパブリックの領域でも、まずは“やってみる”ことを大事にしながら、新しい形を作っていければと思います。こういった活動に興味関心をお持ちいただいた方にはぜひお声がけいただきたいですね」

(文:田口友紀子 写真:稲生華佳)


KOELでは今後もセミパブリックをテーマにした情報発信やイベントを継続して行っていきます。最新の情報はnoteやXで発信して参りますので、ぜひフォローをよろしくお願いいたします。


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