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子どもアドボカシーの実践 ~カナダの支援現場から見えた 子どもの権利保障の あり方とは~ イベントレポート



2024年1月27日に開催されたイベント「子どもアドボカシーの実践〜カナダの支援現場から見えた子どもの権利保障のあり方とは」では、複数のNPO団体や公益財団法人などが一堂に会し、カナダにおける子どもの権利擁護の実践事例を紹介。カナダの事例をふまえ、日本でこれから私たちに何ができるかを参加者といっしょに考え、共通認識を作るきっかけの場となりました。この記事ではイベントの様子をくわしくレポートします。 

参加団体・登壇者はこちらの方々です。

・公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン アドボカシー部ガバメント・リレーションズ兼グローバル政策提言スペシャリスト 西崎萌氏
・特定非営利活動法人沖縄青少年自立援助センターちゅらゆい 代表理事 金城隆一氏
・認定NPO法人 全国こども食堂支援センター・むすびえ 理事、広報・ファンドレイジング統括責任者 三島理恵氏
・認定NPO法人Learning for All 子ども支援事業部 エリアマネージャー 宇地原栄斗氏
・日本財団 公益事業部 子ども支援チーム 長谷川愛氏
・公益財団法人ベネッセこども基金 事務局長 青木智宏 

※ 当日は、お話の内容を視覚的にわかりやすくまとめる「グラレコ(グラフィック・レコーディング)」を田上誠悟さんがリアルタイムで描いてくださいました。イベントの内容を5分で振り返ることができます。こちらから、ぜひご覧ください。

そもそも、「子どもの声を聞く」って、どういうこと?

第1部では基調講演として、「子どもの権利とは」をテーマに公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの西崎萌さんがお話してくださいました。 

まずは子どもの権利についてどのくらい理解しているかを確かめるチェックテストからスタート。生まれたときからすべての子どもが無条件にもっている権利の内容や、意見表明についてなどをわかりやすく解説してくださいました。第1部のお話に近い内容として、こちらの記事「子どもの権利と子どもアドボカシー」についての講演レポート をお読みいただくと、理解がより深まります。

「子どもの意見表明」というと立派な意見文のようなものを想像しがちですが、赤ちゃんの泣き声からすでに意見表明の一つであること、「オピニオン」というより「ビュー(見方)」ととらえるとしっくりくること、子どもの意見を聞いて代弁する「子どもアドボカシー」は、すなわち子どものマイクになること、など多くの学びがありました。 

地域コミュニティの中心となる、カナダの「コミュニティハブ」とは


第2部の前半では、2023年7月に行ったカナダでの現地視察報告が行われました。まずはNPO法人Learning for Allの宇地原栄斗さんが、カナダにおける人権擁護の取り組みの背景と、「コミュニティハブ」と呼ばれる地域の交流の要となる施設について紹介してくださいました。

 カナダは移民が多いこともあり、人権についての意識が高い国。いろいろな文化や価値観があることを前提としているからこそ、人権を守るという共通の意識のもとで国が成り立っています。子どもの権利についても40年ほど前から取り組んでおり、トロントに住むコーディネーターの菊池幸工氏の全面的なご協力のもと、今回の視察が実現しました。 

カナダで人権擁護が実践されている起点の一つは、「コミュニティハブ」と呼ばれるもの。建物は行政が作り、運営は民間団体が行っている、いわゆる公設民営の施設です。コミュニティハブの役割は、「困っている住民のニーズに応え、ウェルビーイングを実現すること」。地域や施設によってある程度の特徴はあるものの、基本的に誰でも利用することができます。そのときの利用者のニーズに応えるために何ができるかを考え、交流やプログラムなどを柔軟に行っています。また、支援を受けていた人が支援をする側になるという循環も多く、支援の輪が広がっていました。 

今回の視察では3つのコミュニティハブを訪れています。

  • The 519 Community Centre

LGBTQのかたが多い地域に位置しているコミュニティセンターで、付近の道路には虹色のペイントが。困っているかたのために住居支援や医療相談、子育て支援、性別変更の際の身分証の手続き支援などを行っています。22床のシェルターも備えており、メンタルヘルスの不調をもつかたや薬物依存を克服しようとしているかたなどが多く利用しています。孤独感や無力感を抱えている人も多く、人として大事にされる感覚を取り戻してほしいとの思いで支援を行っています。

  • Waterfront Neighbourhood Centre

元々は若者の居場所として作られたコミュニティセンターですが、現在はあえて対象者を区切らずに誰でも利用できるようになっています。利用者のニーズに応える形で体育館、調理室、ユース部屋、音楽スタジオなどを一つずつ作ってきました。子どもの個性やよさを引き出すようなプログラムを実施しており、低所得世帯にはプログラム費の補助もしています。

  • Eastview Neighbourhood Community Centre

貧困層の多い地域に位置するコミュニティセンター。富裕層が住む地域も隣接していながら以前は交流がなく分断されていましたが、長い年月をかけて連携を試み続けた結果、現在ではさまざまな層が交流する場となっています。「楽しい場」にすることを徹底しており、子どもの誕生日やうれしいことがあったときには盛大にお祝い。子どもが自分の価値に気づくきっかけにもなっています。

子どもや若者の権利を守る、カナダの取り組み

続いて日本財団長谷川愛さんより、カナダにおける人権を守るためのしくみやその機能などについてお話がありました。

  •  OHRC(オンタリオ州人権委員会)

1961年に設立された政府機関で、差別防止や人権擁護推進のための調査や、政府・行政・教育といった各機関へ働きかけをしています。提言には法的拘束力はないものの政府機関であることから一定のプレッシャーとなり、交渉が決裂した場合には裁判になることもあります。

  • オンタリオ州アドボカシー事務所

もともとは政府機関として個別の子どもの権利擁護活動を中心に活動していましたが、その後独立。以降は、アドボカシー事務所による協力の下、児童養護施設などで生活していた当事者の 子どもが児童福祉制度の改革を訴えるなど、子どもの声を政府に届けようとする活動も盛んに行われました

事務所は2019年に閉鎖されましたが、州内において児童養護施設や里親家庭などで暮らした経験者による当事者団体が立ち上がるなど、さまざまなかたちでの子どもアドボカシー活動が継続しておこなわれています。
また、人権擁護の中でも特に「子どもや若者」に対して支援を行っている団体についてご紹介くだ さいました。

  • Pape Adolescent Resource Centre(PARC)

16~29歳の、社会的養護を受けている、受けていた若者の自立支援をする施設です。州の児童相談所とパートナーシップを結んでいます。若者本人の意志を尊重し、自信をつけてもらうことを大切にしており、本人がどう生きたいか、そのために何が必要かを一緒に考え、必要な支援を行っています。

  • Jessie’s Centre for Teenagers

24歳(支援開始時21歳)までの妊婦のために、教育支援、食事提供、住居支援、医療提供などを行っている施設。コミュニティスペースもあるので同じように若年で育児をしている仲間と交流できます。ここで教育を受けることができるため高校を卒業でき、自分に自信がついたという声が多くありました。理事会メンバーとして活動する当事者もいました。

  • The Gatehouse Child Abuse Investigation and Support Site

幼少期に性的虐待を受けた人を対象に、傷を癒したり、声を取り戻したりするための施設です。気持ちを落ち着かせることのできる緑あふれた美しい庭や、リラックスして話せるベンチなどのスペースがありました。グループでの話し合いなど、15週間のプログラムがあり、男性向けのプログラムがあることも特徴です。

支援団体のかたがたは利用する本人の意志を大切にしていて、本人をエンパワメントすることに重きを置いていました。物理的な支援だけでなく心理的にも支えとなり、地域の中での頼れる居場所になっていました。

カナダの人権擁護支援に共通しているよさとは

さまざまなコミュニティセンターや支援団体を視察してみて、共通するよさやポイントも見えてきました。たとえば、
 
・対象者や機能を限定的にせず、さまざまな人をインクルーシブに受け入れていること。利用する人が必要だと思えばいつでも来ることができる自由度がある
 
・コーディネーターが地域の人たちに溶け込んでおり、早期からゆるやかにつながりをもっていること。そのため支援が必要となった時にすぐにつながることができる
 
アートをうまく活用していること。若者が地域とのつながり作りをするときのきっかけとなったり、思い描くビジョン・イメージを共有することに役立っていたりする
 
子どもや若者の声をしっかり聞いていること。子ども自身にどんな権利があるかをくり返し伝え、子どもの思っていることを大人がちゃんと伝える役割をしている
 
ピアサポートが充実していること。利用者として同じ境遇の仲間との交流がしやすいだけでなく、もともと当事者だった人が支援者側に回るというケースが多い。気持ちの理解やサポートができることに加え、支援者側に回って自分の経験を活かすことができるという価値も生み出している
 
本人のもつ力を信じていて、自分を取り戻せるようにエンパワメントすることを大切にしている
 
といった点です。しくみの面と心理的な面での両方に、大切なポイントがありました。
 

カナダ視察で印象的だったことは

第2部の後半では、カナダで学んできたことをもとに、これからの日本で私たちに何ができるかを話し合うパネルディスカッションが行われました。

まずは、カナダでの取り組みについて印象に残っていることを登壇者のみなさんがお話してくださいました。 

特定非営利活動法人沖縄青少年自立援助センターちゅらゆい 金城隆一さん:
もともと社会的養護の当事者であり、現在は人権擁護活動の最前線で活躍されているシャイアン・ラトナムさんとお話した際、「自分の当事者としての経験には価値がある」とおっしゃっていたのが印象的でした。日本ではあまり聞かない表現ですが、とても大切な視点だと思いました。カナダでは当事者と支援者の壁がないというか、支援を受けていた人がやがて支援する側になるというケースが多くあり、まさに経験が活きているといえます。
沖縄でも当事者の経験を活かすことを実践していきたいと考え、ちゅらゆいのユースセンターアシタネでは、こども・若者が参画し、一緒に新しい仕組み作りや社会への提言を行っていく仕組みをスタートしました。
 

ちゅらゆいの沖縄での実践

NPO法人Learning for All 宇地原栄斗さん:
「自立とは?」という質問に対し、カナダの当事者の方々は「自分の人生を自分で決めること」とおっしゃっていて、すべての支援はそのためにあるという考えでした。その人が自分らしく人生を生きていけるということが最も大切で、支援者も当事者もみんながそれを共通認識としてもっていることが印象的でした。 

認定NPO法人 全国こども食堂支援センター・むすびえ 三島理恵さん:
行政と民間の連携のしかたです。コミュニティ施設は行政が予算を出しているけれど、運営は民営が行っていて、住民のニーズに基づいています。予算を出しているところの顔色を伺うのではなく、ちゃんと住民の方を向いてやっているというところがすばらしいなと思いました。

また、施設のスタッフは人間的な魅力があり、地域の人からも信頼されていて上手にコミュニティに溶け込んでいました。ふだんから地域との関係性ができているので、困ったことがあったときにすぐに支援につながれるんですね。

 日本財団 長谷川愛さん:
カナダでは支援者と当事者の立場がフラットで、支援したり支援されたりと、パートナーとして協同していました。支援団体自体がフレキシブルな働き方になっていて、当事者だった人が支援側として活動するときにも働きやすくなっています。ニーズがあるところに支援がなければ支援を作るといったように、一人ひとりの存在やニーズを大切にしていると感じました。

カナダの取り組みから、私たちが学び、実践できることは

このほか、いくつかのテーマについてディスカッションが行われました。

・当事者と支援者の循環について

これまでのお話でも、「当事者が支援者側になるといった循環がある」という事例が挙げられました。このように、支援されていた子どもや若者が育っていったときに次のリーダーになっていくといった循環はカナダのコミュニティのあちこちで見られる事象のようです。また、「リーダー」という存在はコミュニティに対してポジティブな影響を与えられる人、よりよい方向に導ける人ととらえられていました。そういった意味で考えると、一人の強いリーダーシップではなくたくさんのリーダーが存在し協同し合うことが可能なのかもしれないという意見が出ました。

・行政と民間の連携について

OHRC(オンタリオ州人権委員会)などのように、政府から予算が出ていても、政府に臆することなく提言や批判を行うという土壌がありました。政府機関であっても、政府に属しているのではなく人権を守るという憲法のもとに作られたものだという意識が高く、住民のために強い意志をもって活動していることが伝わってきたといった意見が出ました。日本でももっと行政と民間がいっしょに子どもたちの変化を同じ目線で喜び合える、進学実績など単年での成果だけでなく長期的な目で見ていくような風土があるといいのではないかというお話もありました。
 
 
・日本に取り入れられそうな制度やしくみについて

当事者の声に価値があるという意識はぜひ高めていきたいという意見が多く、支援の過程で本人の声や権利を尊重して主体的に生き方を決められるようにしていきたいという意見が出ました。そのために、政策などを決めていくときにもっとアンケートやヒアリングなどで当事者の声を聞いたり、検討や会議体の運営にも参画してもらったりといったことができそうです。
 
また、子どもの声を聞くことの重要性を、かかわる人たちが同じ目線で大切だと感じる意識合わせや、実際当事者があげてくれた声を本当に受け止めて何かを変えようという空気感があることも大切というお話が出ました。支援団体だけでなく、家庭や学校などあらゆるところで子どもの気持ちを聞き、次のアクションにつなげていくことが重要になりそうです。家庭・学校・地域といった横の連携がとれるコーディネーターのような存在が必要、若者のユースリーダーを育てていくことの可能性は大きい、といった意見も出ました。
  

参加者とともに考える、今日からの一歩

質疑応答の時間には、参加者からも多数の質問が寄せられました。一部となりますがご紹介します。

Q.権利を主張する前に義務を果たすべきといった価値観を主張する人に対して、権利についてどうやって理解してもらうのがよいでしょうか? 

権利というのは何かをするから得られるものではなく、もともと持っているものであるということを、何度も説明していくことでしょうか。権利というものについての文化がこれまであまりできてこなかったので、知ってもらう活動を続けていくことだと思います。カナダでは日常生活の中でも写真に映っていいかどうか逐一本人に確認するなど、権利について意識する場面が多く、さらに権利を尊重すること、されることによる変化や価値を感じる機会も同時に多くありました。そうした機会を増やしていくのがいいと思います。 

Q.地域の声を行政に届けるにはどうしたらよいと思いますか? 

自治体によっては子どもが市長への請願書を出すといった事例もありますが、理路整然としたオピニオンである必要はないと思います。子どもが自分で行政に言いに行かなければならないのではなく、子どもの日常の中でのメッセージをまわりの大人が受け取って、必要なところに伝えていけるといいと思います。尼崎市など地域の声を積極的に聞こうとしているほかの自治体や、鳥取子ども学園など子どもの声を聞くことに時間をかけている団体などを、自分の住む自治体の人に視察してもらうよう働きかけることもできます。 

Q.カナダでは子どものころから権利について教育しているのでしょうか?

 学校現場で使われている人権教育の教材やチェックシートなどもありました。また生活の中でも「権利とはこういうことなんだ」と実感する場面が多く、自然と体得していくといった印象でした。オンタリオ州アドボカシー事務所の元所長であるアーウィン氏も、子ども自身は現実には「権利」という言葉よりも「不公平だ」「いじめてくる」といった言葉を使うと話していて、子どもの発達や心情に即した等身大のコミュニケーションが日々行われているようです。また、文化として先住民の人たちから受け継がれる長い歴史を大切にしていて、対峙している1対1のコンフリクトだけを近視眼的に見るのではなく、広い視野をもって多くの人との結びつきの中での自分というものをとらえていると感じました。

 最後に、会のまとめとしてグラレコによる振り返りと、公益財団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの西崎さんからの講評が行われました。子どもの権利は教えるもの、学ぶものではなく「身につけていくもの」という先進国の考え方に学び、その空気感をここにいるみんなで作っていきたいというお話がありました。登壇者のみなさんからも、支援活動に戻った際に子どもの声をさらに大切にし、本人をエンパワメントしていきたいという決意や、当事者の声に価値があるということをもっといろいろな人に伝えていきたいという展望、大人自身も権利のことを理解し、子どもだけでなくすべての人が尊重される社会を作っていきたいといったご意見が聞かれました。ぜひこの記事を読んだみなさんも、今日からいっしょに子どもの声を聞き、伝えていく文化を作っていきましょう。

【カナダ渡航にあたっての参考書籍】
カナダのコミュニティハブや、ユース•アドボカシー事務所の実践について更に詳しく学ばれたい方はぜひお読みください。
・『子どもの権利最前線 カナダ・オンタリオ州の挑戦 子どもの声を聴くコミュニティハブとアドボカシー事務所』(かもがわ出版)
・『子どもアドボカシー つながり・声・リソースをつくるインケアユースの物語』(明石書店)

 文・竹内彩子


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