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おばあさん

僕は小学校3年生の頃に剣道を習い始めました。

自宅から剣道場までは2kmくらいあった。

習って間もない頃、僕は剣道着を着て背中に竹刀を背負って歩いて通っていました。

剣道場へ行く途中、道場の先生が経営している防具店があり、そこに立ち寄って先生の奥さんからお茶とお菓子をいただき、世間話をしながら一息してから道場へ行くのが日課になっていました。


そして防具店を出て道場へ向かって再び歩き出す。

すると間もなく大きな屋敷が見えて来る。

その屋敷は割と交通量のある通りに面していて、重厚な門構えの奥には二階建ての大きな屋敷が建てられてあった。門と屋敷までの距離が割と長いので、多分その過程には池があるんじゃないかと想像していた。

最初はその屋敷を観ながら、いろんなことを妄想するのを楽しみにしていた。

けれど、1ヶ月ほど通うようになった頃だろうか

いつものように防具店に立ち寄って休憩してから、道場へ向かう途中、屋敷の前におばあさんが立っているのが見えた。
その人は浴衣のような感じの服を着ていて、白くて長い髪の毛をおろしていた。小柄で細身、そして表情はとても優しい印象だった。

(ここの家の人かな?)

そう思いながら、おばあさんの前を通り過ぎようとしたら

「坊や、これから剣道かい?」

と話しかけてきた。とても安心するような優しい声だった。

「うん。」

僕はおばあさんの方を見て頷いた。おばあさんはニコニコしながら、

「男の子は強くならなきゃダメ!強くなってね」

そう言ってくれた。そうして「いってらっしゃい」と言って手を振ってくれた。

「ばいばい」

僕も振り返っておばあさんに手を振った。それ以来、僕が剣道場へ行くときは毎回、

防具店で休憩する→屋敷に住むおばあさんに挨拶する

がルーティンになっていた。それは僕が昇級して防具をつけられるようになるまで続いた。

昇級によって練習時間が変わったことや、道場の友達が増えたことで自転車で通うようになってからは、その屋敷の前を通ることがなくなった。

その頃、たまたま家族で夕食をとっているときに僕のルーティンの話になった。

「あんた、いつも先生のところでお茶飲んでお菓子食べてたでしょ。本当恥ずかしいことしないでよ」

母には内緒にしていたのにバレていた。母の情報網は怖い。

「屋敷のおばあさんにも毎回お話してたよ。あそこのおばあさんはとても優しい人だね」

あの頃のルーティンだから、ついでに屋敷に住むおばあさんの話もしたら、家族みんなが不思議そうに顔を見合わせていた。

「防具店の近くにある、大きな屋敷のこと?」

母が僕に聞いた。

「そうだよ、、」

「そこの家のおばあさんはだいぶ昔に亡くなってるのよ」

母の言葉の意味が理解できない。毎回屋敷の前で挨拶をしていたおばあさんが死んでいる?それなら、僕が挨拶してる人は誰だ?意味が分からず、首を傾げていたら母が話を続けた。

「あそこのおばあさんは明治生まれの人だよ。だからもうとっくに亡くなってるわよ。それにあの屋敷はずっと前から空家になってるんだから」

「えっ…?」

剣道場へ行くたびに羨望の眼差しで見ていた屋敷は空家で、そこにいつも立っていたおばあさんは死んでいた。ますますわからなくなった。

「もしかしたら、いつも剣道着を着て通っているお前を応援していたんじゃないか?」

父がフォローしたが、当時はやっぱり意味がわからなかった。

とても優しくて、励ましてくれていたから、その屋敷の前を通るのが楽しみだったから良いのだけれど。

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