ショートストーリー ツナマヨおにぎり

春の陽気に呼ばれてる気がして、外に出た。
おにぎりとお茶を持って出掛けた。


ちょっと良いツナ缶のストックを満を持して使った。
その大事なツナ缶をマヨネーズとコショウと混ぜただけのチープな具材にして、ご飯にギュッと包ませた。
海苔で巻いて、ラップで巻く。
財布とスマホ以外は、持っていないからリュックの中で、おにぎりが歩くたびゴロゴロ転がる。

目的なく、でも足はズンズン進める。
海岸通りに出てきたところで、腹ごしらえのために適当な流木に腰掛ける。
背中が汗ばむくらいの陽気と、火照りを冷やす潮風が気持ち良い。
暖かな陽射しは、冬の寒さから逃げ切れたみたいで、安心出来た。

ぼんやり水平線を眺めて、取り出したおにぎりを噛じる。
潮臭さがツナマヨと混じるのがちょうどいい。
転勤が決まったことを、しみじみ思い出す。
越して来た当初は、海が近いことに喜んでいたが、結局訪れたのは一度か二度だった。
特に思い入れはないが、離れるとなると少し寂しくなる。
見納めだと、飛んでいるカモメを数えてみる。

呆けて食べていると、気持ちコショウの効いたツナマヨが零れそうになった。
安定しないツナマヨを慌てて、吸い込む。
すると、おにぎりの崩壊の連鎖が始まり、残っていたおにぎりをまるっと口に放り込む。

詰めすぎて、呼吸も苦しい。
でも、なんとか噛む。必死に海苔を噛み切る。
だから、足元にうずくまる生き物にすぐに気が付かなかった。

「口がタコみたいだね」

私が彼に気がついたのは、そう言われてからだった。
自分の下から声がするなんて、驚いた。
なにより、ウミガメが喋ったことに。

驚きすぎて、口の中のモノをまるごと喉に通した。
お茶を飲んで冷静になったあと、ウミガメを見る。
目が合うと彼は「こんにちは」と礼儀正しく挨拶をした。

「なにかようですか」
「なにもないよ。ただ、キミの落とし物が甲羅についたのだけど。そういう君は、私に何か言うことはないのかい?」
確かに甲羅にはツナマヨがついていた。
私は素直に謝ると彼は、首だけ振るのだ。

「いや、かまわない。生きていれば失敗はつきものだ。長く生きている私には分かる。しかし、謝るだけかね? 私の甲羅を綺麗にしたりはしないのかね?」
強い力で足元に甲羅を擦りつけてくる。
彼の言いようは、口だけで許してはいないみたいだった。
大人気無さが鼻につく。

「私、今拭くものを持っていないの。海に入ったら、取れるんじゃないでしょうかね? あなたウミガメなんだし。濡れたって平気でしょう?」
私が言うとウミガメは、すかさず首を伸ばして威張ったような素振りをしてこう言った。
「いやいや、ウミガメにだって礼節はあるものだ。神聖な海を汚すわけにはいかないさ。しかし、キミが私に供え物をしてくれたら海の神も許してくれるに違いないよ」
ウミガメは、リュックをジッと見つめた。
そういうことかと私もすぐに察したが、ウミガメってツナマヨ食べるのかな。
と首を傾げていた。

「あの、ツナマヨおにぎりしかないですけど、食べられます?」
「なに、私はかまわないよ。さあ、早く供えてくれ」
そういうと、手足をパタパタ動かして彼は私を急かした。
本人ならぬ本亀が、そういうなら一つあげるしかない。
私は、ラップを剥がしてツナマヨおにぎりを彼の前に転がした。

「おお! ありがたい」
ウミガメは、ムシャムシャとツナマヨおにぎりを食べ始めた。
私も最後の一つを取り出して、一緒に食べる。
「美味しいですか?」
「もちろんだとも。このツナの油。実に良い油だね。癖になるよ。それにしても実を言うとね、ここ数日漂流網に引っかかってしまってね。ろくにご飯を食べていなかったんだよ」
なんだか申し訳なくなった私は、今度は心から謝った。

「かまわない。誰にでも失敗はある。それに、キミのせいでもない。キミは私を助けてくれた恩人じゃあないか。でもそうだね。キミが本当に申し訳なく思っているなら、来年の今頃ここに来るから、またこのおにぎりを持ってきてくれると嬉しいね」
ツナマヨおにぎりを食べ終わったウミガメは、舌で口を舐めて綺麗にした。
「まあ、それくらいなら」
私がそう答えると、ウミガメは満足そうに頷くと「それじゃあ」と海の中へと消えていった。
誰もいなくなった砂浜に取り残され、今までの会話が嘘みたいだったが、砂浜に汚く残されたツナマヨが真実だということを証明していた。

街を離れる最後の最後に、思い入れができてしまった。
また、この街に戻ってこよう。
帰るころには、そう思えていた。

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