ショートストーリー 真鯛のポワレ〜クリームソースがけ〜

友達との月一回の食事会。
今日の目玉は熟成肉のローストだった。
主催した友人が予約したSNSで評判のホテル内のレストラン。
期間限定ランチ価格で熟成肉が食べれると謳っていた。
しかし、今日は付いていなかったようだ。

「申し訳ありませんお客様。こちらの不手際で……」
上品に、しかし、とても困った様子の女性店員は、私達のテーブルへやってきて頭を下げる。
主催した友人は、あからさまに眉をひそめた。
「せっかくマユが予約したのに。誰か一人がお魚なんてね」
「申し訳ありません」
謝る店員を他所に、彼女は私ともう一人の友人陽子に視線を向けた。
鋭い眼差しは、自分は絶対に譲らないと頑なに訴えている。
別にないならないで私はかまわない。
きっと陽子も。
拘っているのは彼女だけだ。

どちらが引くか。陽子の気弱な目が訴えかけてきた。
早くしなければ、またマユはゴネて涙目で事の行方を見届けている店員を、さらに困らせるだろう。
そんなマユのご機嫌取りも面倒なら、陽子との腹の探り合いも面倒臭い。
私は突っ立っている店員へ、出来うる限りの優しさを込めて話しかけた。
「あの、因みに変わりになる魚料理ってなんですか?」
「あ、えっと鯛のポワレです」
「そうですか。じゃあ、私ソレが良いです。魚好きなんで」

私の言葉に、店員の肩の力が抜けたのが分かる。
「ありがとうございます」
彼女は、頭を深々と下げると逃げるように奥へかけていった。

「なんかゴメンねえ。前来たときは、こんなんじゃなかったの。でも、恵がお魚好きで良かった。前はね、すっごいイケメンがウェイターしててね、ワインサービスしてくれたんだぁ」
少し自慢げなマユに、辟易しながらも私は話に相槌打つ。運がよかったんだねと陽子が言うと、待ってましたと言わんばかりにマユの自分語りが始まった。
一週間前の出来事や一ヶ月前の事。どれほど自分が、恵まれているのか語る。
数分間、自分のことを喋り倒す彼女に呆れを通り越し、むしろ自己肯定の強さに感心した。

そうこうしていると、料理が届く。
こんがり焼けた表面と、赤みがった肉の断面から上質感が醸し出される。
艶のある肉に少し心が揺らいだが、仕方ないと自分を諭す。

二人とも、目の前の熟成肉の写真を夢中で撮る。
私は、その間手持無沙汰で食前酒で喉を潤した。
「恵も写真撮っていいのに。それともマユの撮ったの送ろうか?」
マユの斜め上の優しさに陽子は、驚いていたが私は写真はいらないと断った。

「恵って飾りっ気ないよね。男の子みたい」
マユは屈託なく笑う。
特に含みのない、むしろ何も考えていない発言だったが、妙に癪に障った。
しかし、彼女といればこんなことは日常茶飯事。私の小さな変化に気がついた陽子が、気まずい顔を作っていた。
優しい彼女の心中を察し、食前酒を飲みきってマユの言い分を流した。

そんな、ちょうど良いタイミングで私のポワレを持った男性店員が横に立った。
真横に立つ彼の顔は私には、よく見えない。身体つきから男性だろうなと目の前に出されたポワレに集中した。
真鯛がどこの産地で、どう調理したとか簡単に説明される。
クリームソースにチーズが使用されているという説明に、一番心躍った。
魚もチーズも大好きだ。なにより、説明の最後。
「店と従業員をお気遣い頂いたお客様のため、心を込めてお作り致しました」
と言ってくれ、例え嘘でも嬉しかった。

私の目の前の真鯛のポワレが、二人の熟成肉より特別な物に見えた。
「そして、普段はこのようなことは店でしないのですが、彼女がどうしても貴女にお礼をしたいと申しておりましたので。特別に」
手には高そうなボトルの白ワイン。
洗練された手付きで、見惚れているとワイングラスに注がれ、ポワレの隣に差し出された。

なんだか、一気にお姫様にでもなったようで居心地悪かった。
私はただ魚が好きだと言っただけだ。して貰いすぎて申し訳なく、顔を赤くして俯いた。
「お酒のサービスなら前にもして貰いましたよ?」
マユが妙に突っかかった言い方をした。
それは嘘つきを暴くような言い方で、自分の無実を晴らしたいという魂胆が見えていた。

「ああ。一従業員が個人的にお客様へお出しすることは、うちでは禁止なのですが、以前働いていた男性が女性のお客様が来るたびに思わせぶりなことをしていまして。その時にいらした女性のお客様は、そうおっしゃるんです。勘違いをさせたままでしたら、お詫び申し上げます。とはいえ、こちらも被害者なのでお詫びの品は、ご容赦下さいね」
涼やかに笑い去っていく店員と、カッと顔を赤くするマユの対比は、私の白いポワレと二人の赤い熟成肉のようだった。
不満げなマユは、陽子に宥められている。

私はヤレヤレと一息ついて、ポワレを一口噛む。ホロホロと舌で解ける身と濃厚なクリームソース。
美味しさに顔が和らぐ。
先程の女性店員と目があった。彼女は軽く会釈をしてきたので、手を振り替えす。
イケメンはいないが、美味しいポワレと有望な女性がいるならまた来ようかな。
「もう来ない」
と騒ぐマユの傍ら、そんなことを考えていた。

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