見出し画像

かきバターを銀座で

かきバターを神田で


お昼ごはんを食べ損ねて、空腹のピークも過ぎ去った金曜日の夕方。お腹が空いているのかさえも、わからなくなっていたけれど、何か食べたい。

どんな時間でも丁度良い量をサクッと。意思薄弱な食欲の最適解は、うどんやお蕎麦ではなかろうか...。

秋の気配を見てみぬふりして過ごしていた、9月の中頃。以前から気になっていた、銀座の『太常うどん』というお店へ足を運びました。

画像2
画像4


江戸時代から続く八百屋さんが始めたうどん屋さんという、異色の経歴。店先では野菜の販売もしています。

店内に製麺所があり、麺にもこだわり、八百屋が目利きしただけあって、お野菜がとても新鮮でおいしい。うどんにトッピングする野菜が、どれも魅力的で目移りしてしまいます。

画像3

席に着いてうどんを注文すると、平松洋子さんのエッセイの一部分が店内に貼られているのに気が付きました。

「かきバターを神田で」

画像1

神田須田町のすばらしき定食屋「とんかつ万平」、冬の名物「かきバター定食」。開店時間の夕方五時半ちょうど、店の前を通り掛かる幸運に恵まれ、迷わず暖簾をくぐった。いつも行列ができているので、私にとってこのひと皿は名のみ高い存在だった。

白い皿に整列する熱いバター醤油にまみれた立派なかき六個、滑らかなせん切りキャベツ、黄色い辛子。あの光景を思い浮かべただけで、辛抱たまらん気持ちになる。いますぐ須田町に駆けこみたいのは山々だがそうもゆかず、自作することにした。小型粉をはたき、フライパンにバターを溶かし、醤油をじゅっ。
まあそれなりだったのですが、「とんかつ万平」の味には敵わない。ずっと濃厚な風味のかきからして、モノが違う。自分で作ってみると、いっそう価値が高まる神田須田町の逸品なのだ。

ー(引用) 
かきバターを神田で 平松洋子


うどん屋さんで、かきバター?
はて?


エッセイを読むと、神田で人気の定食屋「とんかつ万平」の冬限定メニュー、かきバター定食にまつわるお話でした。

文章から、著者の平松さんが、かきバターに並々ならぬ情熱を持っていることは伝わってきたのですが...銀座のうどん屋さんに、神田のかきバター定食のエッセイが貼ってあることが、いまいちピンとこない。気になって仕方がありません。

私が、首を傾げながら不思議そうにエッセイの紙を眺めていたら、店員さんがそのわけを教えてくれました。

とんかつ万平さん、お店を閉じちゃったんですよ。それで、かきバターのレシピを、うちが引き継ぐことになって。ほとんど、再現できていると思います。おいしいですよ。」

平松さんのエッセイで素敵に綴られていた、とんかつ万平さんがもうなくなってしまったことに落胆しながらも、なんと粋な取り組みをしているのだろう!と驚きました。

もともとオーナー同士が知り合いだったそうで、定食屋さんのかきバターは、うどん屋さんのかきバターとして受け継がれることになったそう。

牡蠣の季節が始まる、10月1日から、新生かきバターが提供されるとのことで、その日はうどんをペロリと平らげ「絶対また来ます!」と興奮気味に伝えて、お店を後にしました。

画像5

抱きしめたくなる、かきバター。

10月に入ってからというもの、まだ見ぬ至高の逸品に想いを馳せ、チラチラと頭の片隅に、太常うどんの店員さんの顔が思い浮かんでしまい。

提供初日には行けなかったものの、満を辞して、10月頭の金曜日。それはもう期待に胸を膨らませて、お店を訪れました。

お店に入り、席に着いてメニューを眺めると・・・

画像6

ありました!神田万平の、かきバター。

待ってました!!と心の中で拍手喝采。思わず、マスクの下の顔も緩んでしまいます。

「この前の方ですよね...?いつ来てくれるかなと思ってました!」

と、おそるおそる、そして、嬉しそうに店員さんが話しかけてくれました。これを食べにきたんです!と迷わずにオーダー。白米が欲しいところでしたが、うどんも食べたかったので、シンプルな釜玉うどん(少なめ)を注文。ちなみに、ここのお店はおつまみも充実していて、飲めるタイプのうどん屋さんです。

メニューを待っている間に、改めてお店にあったエッセイをお借りし、パラパラと読みました。

「フライパンにバターを溶かし、醤油をじゅっ。」

想像しただけで、涎が出てきます。どんな味わいなんだろうと楽しみにしていると、ふわりとバターと醤油の良い香りが漂ってきました。

遂にかきバターの登場です。

画像7

神々しい。かきバターが、ツヤっと光っている。発光している牡蠣を、初めて見ました。なんだか拝みたくなってしまい(笑)いただきますと、ひとり手を合わせて、レモンをキュッと絞り、かきをパクリ。

口の中で、バターのまろやかさと、醤油の香ばしい風味とが広がり、クリーミーでプリッとした牡蠣と溶け合います。甘くも、ちょっぴり焦げた醤油のほろ苦い味わいが、もう最高。ビールを何杯だっていってしまいたい・・・。絶品。

本当に美味しいメニューは、食べ終わるのが惜しくて、最後の一口が近くにつれて悲しくなってしまうのですが、その類の一皿です。

「食べに来て、本当によかったです!」と、美味しさに気を取られて語彙力が0になった私は、どストレートな感想しか伝えられなかったのですが。心底感動してしまい、よくぞ、受け継いでくれました...!とお店の人を、オーナーさんを、ぎゅっと抱きしめたくなる気持ちでした。

メニューに「三陸米崎産」と書いてあり、「ずっと三陸のものなんですか?」と尋ねると、なんと仕入れ先まで以前の神田 万平さんから引き継いでいるそう。メニューへのリスペクトを感じます。

「今はまだ牡蠣の出始めなので、身が小さいんですけど。これからもっと牡蠣が大きくなってくるんですよ。ぜひそれも食べてみてほしいです。」

店員さんからの素敵なレコメンドをいただき、シーズン中、何回食べにこれるかしら・・・と頭の中が、かきバターでいっぱいになってしまいました。

ーーーーーー

この一年間で、どれだけの素晴らしいメニューたちが、もう二度と出会えない幻の食になってしまったのでしょうか。

銀座と神田の粋な食のバトンリレーを知り、そんなことを考えました。

ぷりっとしたかきに、バターと醤油をじゅっ。

定食屋さんから、うどん屋さんへ受け継がれたかきバター。3月までの限定メニューだそうなので、銀座に行かれた際は、ぜひ。平松洋子さんのエッセイを片手に、太常うどん 銀座本店へ、どうぞ。


かきバターを銀座で。

画像8


---Instagram・Twitterでも旅・日々・仕事のことなど更新中です---




いただいたサポートは、noteを書きながら飲む、旅先の珈琲に使わせて頂きます!