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リテールメディアを駆動させる組織デザイン:中と外を結びつけるハブとしてのインサイドエージェンシー機能

 ここまで、AmazonやWalmartなど米国の小売業は、自社の物販ECサイトを起点に、新しい広告メニューや機能を拡充し、システム開発とメディアビジネスに関連する組織機能を内製化することで、高い収益性と利益を確保している点を、確認してきました。

 リテールメディア事業において、内製を前提とした事業展開を検討する際、米国と日本では事業の前提条件に相違があるため、日本での事業展開にあたっては、制約条件や状況の違いに配慮する形で、内製範囲や組織機能をデザインすることが求められます。

 例えば、米国と日本では、リテールメディア事業の出発点が異なる他、現時点で備え持つメディアの種類や、市場の占有率、媒体力に差があります。 また、メーカーと卸、小売業を取り巻く商習慣の問題や、メーカーの組織機能とお財布が分離している状況にも気を配る必要があります。

 さらに、従前は、お得意さまの立場にあった小売業が、立場を逆転させ、今後はクライアントとなるメーカーに対して営業する役割に変わる必要があり、従来とは異なるアプローチやスタイルで、いわば、新規事業に取り組む、という姿勢が求められます。

 今回は、新たにリテールメディア事業に取組む小売業が、高い収益性と利益を上げるため、将来的に、内製で手掛ける範囲を、できる限り広く取るとした場合に、新たに設置する必要がある内製のメディアビジネス運営組織に着目し、内製組織の役割と社内の位置付けについて、考えてみます。


1.日本のリテールメディア事業の課題

 博報堂がメーカー担当者と生活者へ実施した「リテールメディア総合調査」において、リテールメディアの活用経験があり、高く評価した人(n=92)に対して、リテールメディアに対する現在の印象を聞いたところ、以下の回答がありました。

「出稿効果の分析方法や結果が不透明、十分でない(55%)」
「リテールメディアにどんな種類があるか把握しきれていない(53%)」

出典:「リテールメディア総合調査」

 上記が発生している要因を分解すると、現在、リテールメディアに取組む小売業に備わっていないと考えられる組織機能や今後強化する必要がある部分が見えてきます。

 例えば、出稿効果が不透明である、という指摘から、小売側で、メーカー側の出稿目的に対応する形で、広告出稿効果を可視化し、レポーティングすることが十分にできていない、という現況が見えてきます。

 広告出稿効果の可視化や分析レポートの提供ができない理由として、以下の要因が想定されます

・データ分析やレポートを作成するための組織機能の不設置、
・顧客ID単位で広告接触や購買履歴のデータを抽出、分析する基盤がない
・広告出稿効果を計るためのデータ自体、取得できていない

 次に、リテールメディアにどんな種類があるか把握しきれていない、という指摘からは、小売業が取扱うツールやメディアが散在しており、パッケージ化しづらい、という現況が垣間見えてきます。
※広告メニューを、複数の外部ベンダーと組んで開発している場合、商材ごとに基盤や運用会社が異なる

 複数のメディアが散在し、1つのパッケージとして展開されていない理由として、以下の要因が想定されます

・広告商材を全体管理する企画機能や組織の不設置
・出来るところから、外部ベンダーと組んで広告商材を開発しているため
※自社開発(内製)と、外部ベンダーと組んだもの(自社名義)、外部のパートナー名義のメディアや広告メニューがそれぞれ単独で外販されている

 小売業が取扱うリテールメディアやリテールAdsの商材には、オウンドメディアの中にもWEBサイトやアプリがあり、オフサイトの外部メディア配信、インストアのサイネージ等、複数のメディアがありますが、広告メニューによって取り扱う法人が異なり、複数メディアへの出稿効果を統合的に把握できない場合、クライアント側からすると、利用しづらいものになってしまうことがわかります。

2.内製組織の位置付けと役割

 前述した、リテールメディア事業が抱える課題を解消し、一貫性を持った取組みに換えていくために、小売業の内部に、新たに設置する必要がある内製組織の位置付けと役割について見ていきます。

 リテールメディア事業で高い収益性と利益を確保するには、以下2つの条件を満たす組織の配置が求められます。

  • メディアビジネスの企画提案からエグゼキュージョンまで、価値提供のバリューチェーンを分断なく一気通貫で提供できること

  • メディアビジネスに必要なデジタル化された顧客IDで接続可能なメディアや、広告配信に関する基盤を、社外のパートナーが提供する基盤や仕組みを使うことなく、内製で開発し、自社名義のメディアや広告商材としてハンドリングできること

 上記を前提として、メーカーとの共同販促型広告(リテールAds)モデルを実現するため、今後、小売業の内部に、新たに設置する組織機能を表現すると「小売業とメーカークライアントを繋ぐハブとなり、メディアビジネスに必要な機能を果たすインサイドエージェンシー」という位置づけの機能になります。

 また、この機能を分解すると、メーカーとの共同販促の成果を最大化させるため、社内関係者を動かすコーディネート機能、メーカーのマーケティング目標の達成を支援するクライアント向けの価値提供機能、オンサイトやオフサイトの自社名義のメディアや配信をハンドリングする機能、そして、自社のメディアビジネス基盤のエンジニアリング機能の実装だと捉えることができそうです。

3.インサイトエージェンシーの具体的な機能

(1)社内の関係者を動かすコーディネート機能

 メーカーとの共同販促施策の検討に始まり、販促施策のターゲットの明確化、商品コンセプトに合わせた訴求ポイントの整理、キャンペーンの実施期間の調整、オンサイトやオフサイトのメディアへの配信内容やLPのデザイン、クリエイティブのチェック、社内の営業部や店舗運営の関係者へのブリーフィングを通じた店頭展開の要請、そして、デジタル広告の配信手配まで、メーカーと小売業内部の関連組織との間を繋ぎ、全店で販促施策の展開が同期されるよう、施策全体をコーディネートする役割を持つ組織機能の配置

(2)メーカーに対する企画提案とコンサルティング機能

 自社が持つデジタル化された顧客ID、属性情報、購買履歴のデータベース等、自社固有の資産を活かし、メーカーの商品が想定しているターゲット像の明確化、配信セグメントの提案、お客さまを動かすインセンティブ、共同販促型広告の接触者、リーチを最大化するためのメディアミックスの設計、メーカー側のKPIや、獲得単価を考慮した総合的な販促プラン(パッケージ)を提案する営業要員の配置

 共同販促広告の配信後、マーケティング目標に対する成果の分析とレポーティングに加え、メーカーの担当者と施策成果の振り返り、一過性の取組みに終えることなく、取組みの成果や課題を、次回の同一商品の販促施策や、メーカーの別商品の共同販促に用いることができるよう、顧客接点と自社資産を持つからこそ提示できる有効な示唆を提示する等、メーカーのマーケティング目標の達成を総合的にサポートするコンサルティングとデータアナリシスの役割を持つ要員の配置

(3)オンサイト、オフサイトのメディアをハンドリングする機能

 メーカーや広告代理店側が、取組みの目的に応じ、取捨選択できる選択型の広告メニューや、共同販促を実行する際に活用する、総合的な共同販促パッケージ等の企画、自社がハンドリングするメディアの特性や特徴にあわせたメディアシート(媒体資料)の作成等、外販用メニューの管理全般を司る、自社名義メディアの企画開発を行う要員の配置

 自社のデジタル化された顧客IDで接続しているメディアについて、個々のメディア別のリーチの確認に留まらず、複数メディアへの総接触数や、複数メディアへの接触者と、非接触者、単独メディア接触者との間の販促成果(購買)の違いの可視化ができるなど、予算を投下するメーカー側のニーズに適合する形での、オンサイト、オフサイトへの広告配信を管理する運用部門の配置

(4)メディアビジネスシステム基盤のエンジニアリング機能

 デジタル化された顧客IDや保有するデータを管理するCDP、IDの突合や広告出稿効果を分析するシステム、広告配信のシステム、配信管理に関する社内の業務IT等、メディアビジネスを駆動させるためのシステム開発等、仕様設計や要件定義、ベンダーコントロールやプロジェクトマネジメントに従事するデータエンジニアリング要員の配置

 顧客管理のCDP、広告配信管理機能、データ分析基盤、自社オウンドメディア、外部メディアへの外部配信のシステム等、リテールメディア事業に関わる各種システムの運用に関わる要員の配置

4.まとめ

 ここまでみてきたとおり、社内関係者を動かすコーディネート機能、クライアント向けの価値提供機能、配信をハンドリングする機能、そして、エンジニアリング機能を、外部に委ねてしまう場合や、外部のパートナーが持つ事業基盤を間借りしてしまう場合、以下の2つの問題が発生します。

【トップラインの問題】
リテールメディアが本来提供し得る提供価値が減耗(魅力が低下)
・異なる基盤上にある別商材になってしまい、1つのパッケージとしての外販が難しくなる
・統一施策として、総合的な分析や、メディア横断での効果測定が困難

【ボトムラインの問題】
リテールメディア事業の利益率が低下する
・機能を外に委ねるほど、業務委託費が流出
・基盤を間借りすると、システム利用料が継続的にかかる

 リテールメディアの事業化は、従前の小売業のビジネスとは異なる、新たな事業への参入を意味します。新規事業という性質上、本業である既存の小売事業との間には、コンフリクト(摩擦)が発生する可能性が高く、事業の立上げにあたり、社内で発生するコンフリクトを発展的に解消できるよう、経営者による強いコミットメントと、全面的な支援が求められます。

 また、小売業の内部に新たに設置する組織機能には、広告の営業、メディアの運用、コンテンツビジネスの経験や、システム開発、データエンジニアリング等の経験を持つメンバーの配置が必要になります。

 メディアビジネスに従事するメンバーに求められる知見やケイパビリティは複合的で、従来の小売業の組織や要員に求められてきたスキルやスタイルとも大きく異なるため、外部からの人材採用にあたっては、給与体系や水準、キャリアパス、勤務地の自由度なども考慮し、場合によっては、リテールメディアビジネスの内製組織を子会社化し、小売業とは異なる給与体系や人事制度を設けることも視野に入れる必要が出てきます。

 とはいえ、リテールメディア事業は、メディアビジネス部分だけを切り離し、単独事業として成立させられるものではありません。小売業が持つ、商品を仕入れ、在庫を持ち、販売し、届けるという価値提供基盤という基礎土台と強みを礎にして、1F部分にあたる小売業と協調しながら、2階部分に、小売業固有の資産であるIDとデータを活用する、自社名義のメディアビジネスを建てつけることが、リテールメディアの特徴であり、他のメディアと比べた際の競争優位点になるためです。

 今後、リテールメディアという新規事業へ参入する小売業においては、自社だけが取扱うことが可能な広告商品の価値の減耗や、事業全体の利益率の低下に繋がることがないように、ビジネススキームを慎重に構築する必要があります。

 日本型の共同販促型広告(リテールAds)の立上げにあたり、正しく構想し、ビジネスを設計し、正しい手順で投資する、とは、「小売業とメーカークライアントを繋ぐハブとなり、メディアビジネスに必要な機能を果たすインサイドエージェンシー」の設置を意味していると言えそうです。

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