共通ポイント化に至る経緯と役割の変遷
こんにちは。マーケティング視点で読解力を高めるノートです。
日本国内における年間のポイント発行額は約2.15兆円(出典:矢野経済研究所 2022年8月22日 国内ポイントサービス市場規模推移と予測)に到達し、今後も年率4%程度の成長率で推移し、2026年度の発行額は約2.5兆円の規模まで成長する見通しです。
今回は、従前は単なる「おまけ」だったポイントが、経済圏の確立や規模の拡大に際し、会員化および外部加盟店化を進めるために必要不可欠なインセンティブへと変容していった経緯について、見ていきたいと思います。
1.ポイントの役割変容の歴史
(1)第1世代:自社単独ポイントでおまけの時代
日本におけるポイントプログラムやポイントカードは1990年代にスタートし、2000年代の前半までの10数年にわたり、ポイントは家電量販店や小売店のポイントカードやスタンプカード、そして、クレジットカードを利用する際に付与されるポイントを特典商品に交換するプログラムが主流であり、次回の利用を促すための「おまけ」的な位置づけでした。
当時、最も高い知覚価値を持ったポイントサービスは1997年に開始されたJALとANAのマイレージサービスであり、特典航空券への交換が人気を集め、JALやANAのクレジットカードを日々のショッピングでも利用し、航空会社のマイルを積極的に貯める人の行動は「陸(丘)マイラー」として知られるようになりました
第1世代のポイントは「自社ポイント」として定義することができ、「ポイントの原資負担者と還元場所/還元手段の提供者が同一」という特徴がありました。
(2)第2代:水平連携の時代
2003年、カルチュア・コンビニエンス・クラブが業界初の共通ポイントプログラム「Tポイント」を導入したことで、ポイントの重要性がクローズアップされるようになりました。
これにより、コンビニやスーパー、外食チェーン、ガソリンスタンドなど、日常の生活で利用する複数の企業やサービスで同一のポイントを貯めたり使ったりできることで、ポイントの利便性が高まり、後に、お買い物の際の通貨や電子マネーに近い役割を持つようになりました。
その後、2010年に、三菱商事を中心とした複数の事業会社が連携し、共通ポイントプログラム「Ponta」を開始したことで、同一のポイントを貯め、利用できる2つのネットワークが生まれました。
第2世代に生まれた共通ポイント(旧)は、「ポイント原資負担者が1社または資本系列を一にするグループ会社(当該事業のテナントやプラットフォーム内の出店者)に限定されることなく、複数のポイント加盟店から
構成されており、還元場所や還元手段が、主たる原資負担者以外へ広く開放されている」という特徴があります。
第2世代の共通ポイントは、いわば互助会的な性質を持っており、加盟企業1社あたりの広告販促費やマーケティングコストを、同一名称の共通ポイントプログラムを利用することで低めつつ、参加企業が等しく役割を受け持つ形の水平的な連携を通じ、利用箇所を広げ、プログラム全体の知覚価値を引き上げていく、という胴元型事業モデルになっていました。
その後、Yahoo!ショッピングでTポイントが利用できるようになり(2010年)、リクルートの各サービスで使われていたリクルートポイントがPontaに移行(2015年)するといったオンラインサービスへの拡張を経て、2つの共通ポイント(旧)は、年間で数千万人規模のユーザーが利用するサービスへと成長していきました。
(3)第3世代:経済圏概念の誕生
2015年、楽天とドコモが相次いで、自社のポイントの共通ポイント化(新)に踏み切ったことが、ポイントの位置づけや、共通ポイントの役割が変容する契機になりました。
従来の共通ポイント(旧)は、加盟する各社がポイント原資を負担する形で運用されていました。しかし、楽天とドコモは、年間のポイント発行額の大半を自社で負担するとともに、自社グループ以外での利用を制限せず、自社が負担する販促費が、共通ポイントとして加盟店の店頭で支払いに利用できることを送客メリットと位置づけることで、加盟店化を加速化させていきました。
第3世代に生まれた共通ポイント(新)は、「ポイント原資の多くを共通ポイント運営会社1社または資本系列を一にするグループ会社が負担しているものの、複数のポイント加盟店からも原資を徴収しており、還元場所や還元手段は、主たる原資負担者以外へ広く開放されている」という性質を持っています。
第3世代の共通ポイント(新)は、他社の顧客接点を利用する(加盟店として提携する)際の持参金であり、日常的な顧客接点を持つ地上戦(主にオフラインでリアルの顧客接点を有する)事業者と協力関係を築くための手段だと言えます。
また、共通ポイント化により、自社の販促費が、他社での利用によって外部に流出していくことを問題視しないビジネスモデルへシフトしたと理解することができます。
(4)第4世代:経済圏内のLTV最大化
2023年以降は、ここまでの先行投資によって確保した顧客IDとメディア(アプリ)を通じ、自グループが提供する複数のサービスの契約や利用を働き掛けることで、顧客ID単位の生涯価値(LTV)を高め、プラットフォーム事業の収益を最大化するフェーズに入っていきます。
垂直統合のプラットフォーム事業の成果は、経済圏の規模に大きく左右されます。そして、経済圏の規模は、デジタル化された顧客IDの数、保有するデータの多様性、そしてデータ量を最大化するトランザクション(キャッシュレス決済やポイントの認証回数)のボリュームによって規定されると考えられます。
かつては単なる「おまけ」だったポイントですが、QRコード決済の普及に伴う先行投資期間では、大量のポイント販促費が投入され、顧客ID数やMAU(Monthly Active Users/月間利用者)の確保、加盟店の拡大など経済圏の拡張に不可欠なインセンティブへと変容しており、現在では経済圏間の競争の行方を左右する重要な存在となったと言えそうです。
2.いつか来た道(囲い込みの性質は薄まっていく)
クレジットカード、非接触ICカード、QRコード決済、共通ポイントの歴史を追ってみると、実はこれらの手段は同じような経路を辿っていることが分かります。
最も歴史が古いクレジットカードですが、初期はカードを発行するイシュア会社と、加盟店を開拓し精算を担当するアクワイアラー会社が同一の法人からスタートしました(オンアス取引)。
しかし、後にカード会社同士が協力し合い、相互に加盟店を利用できるようになり、現在では国際ブランド(VISA/MasterCardなど)を介した取引(オフアス取引)を通じ、加盟店は複数のカード会社のクレジットカード支払いに対応できるようになりました。
2000年代には非接触型ICのEdy(現在の楽天Edy)のサービスが始まりました。当初はEdyを受け入れた加盟店は、非導入の競合店舗よりも来店率が高まる、いわば傾斜来店の効果を期待していましたが、サービスが浸透するにつれて競合店舗も同様の決済手段に対応し、その後はsuicaなどの交通系ICにも対応し、クレジットカード同様、加盟店は複数の発行会社の決済手段に対応するマルチ対応が一般的になりました。
2018年ごろから始まったQRコード決済は、PayPayが全国に数千人の営業チームを配置して自社サービスの加盟店を広げています。しかし、ドコモのd払いとメルカリのメルペイの共通加盟店化や、楽天ペイの加盟店でauPayが利用可能になる協力、複数のQRコード決済に対応する決済代行事業者の提供、マルチ決済端末の登場などがあり、現在では、さまざまな企業が運営するQRコード決済に対応できるようになっています。
そして、共通ポイントですが、第2世代まではTポイントやPontaだけが使える加盟店が存在し、Tポイントを貯めるためにファミリーマートを選択する、あるいは、Pontaを貯めるためにローソンを使うといった、傾斜購買の効果が期待できた時期がありました。
しかし、第3世代以降、ファミリーマートやENEOSでは、dポイントや楽天ポイントが使えるようになり、ゼンショーグループのすきやでは、Ponta、dポイント、楽天ポイントが利用できるように変わってきています。
クレジットカード、非接触ICカード、QRコード決済、共通ポイントの共通項は、いずれもお買い物時の手段であり、導入初期にはブランドごとの競争があり、囲い込みや送客機能が期待されるものの、定着期に入ると、消費者視点での利便性に配慮し、様々なブランド、複数の手段が採用されるという経過を辿るということがわかります。
特にQRコード決済においては、加盟店が複数のQRコード決済を受け入れる状況が進み、どこでも利用可能な場面が増えると、差別化の源泉を、自己負担の販促費の規模に求めざるを得ず、それに伴い、各企業の発行するポイント発行額が膨れ上がっていると考えられます。
3.出自と戦略の違いから生まれる差について
ポイントを年間数千億単位で発行する大手の事業者ですが、ポイント還元先(ポイントが使われる場所)については、多少の違いがあり、これは、各社の出自である祖業と事業戦略の差異によって生じているものと理解できます。
(1)楽天
・楽天ポイントの発行目的は、楽天経済圏内サービスの多重利用
・楽天グループ各種サービスの利用勧奨とグループ帰属会員のLTVの最大化
楽天ポイントの6,200億円(22年度発行額)は、基本的に楽天グループ内で利用(消化)される割合が大きいようです。 ※7割~8割がグループ内で利用されていると想定
(2)ドコモ
・スマートライフ事業をカンパニー化
・キャリアフリーIDの発行数最大化
・自社ポイントの利用先となるリアル加盟店をパートナー化
決算発表では、dポイント3,395億円(他社とは異なり、22年度利用額 ※発行額はさらに大きい)のうち、83.5%がグループ外で利用されているようです。
(3)PayPay
・Zホールディングス(LINE・ヤフー)各サービスのLTV最大化
・オフラインのOMO網を構築
・PayPayアプリを起点とするシームレスな決済体験の提供とPayPayカードへの誘導
PayPayのポイント発行額は、マイナポイントや地方自治体のキャッシュレス推進用途のポイント負担額が含み約6,000億円(22年度年間発行額)ですが、グループ内と外の利用比率は、楽天とドコモの中間に位置しているのではないかと想定しています。
2023年現在、大手事業者が投じるポイントに関連する販促費と経済圏のプレゼンスは密接に結びついており、その発行額の規模は市場のトレンドや競争の動向に大きな影響を与える要因となっています。
これは、プラットフォーム事業におけるマネタイズのポイントや必要なアセットの確保方法、事業基盤の構築手法が被り、加えて、各企業が参入したタイミングも重なってしまった結果、自己負担の販促費の規模を競い合う競争に突入してしまったためだと考えられます。
キャッシュレス周りの動きにご興味がある方は、電子書籍「ID・データ保有者による経済圏競争の半歩先の未来」も、あわせてご覧いただければと思います。ここまで、ご一読いただき、ありがとうございました。
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