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日本のリテールメディア:メーカーと小売の共同販促型広告(リテールAds)とは

 日本では、小売業が取得したデジタル会員の顧客IDや広告識別子と会員の購買データを活用し、GoogelのYouTube等、オフサイトへの広告配信を通じ、多数のお客さまのリーチを獲得し、自チェーンへの来店を促す、いわゆるリテールAdsの事業モデルが立ち上がり、存在感を強めています。

 今回は、日本のメーカーと小売による共同販促広告であるリテールAdsを取り上げ、その事業モデルから、日本型リテールメディアの特徴を整理していきます。


1.共同販促モデル

 一般的な共同販促モデルは、メーカーの営業と小売の商品部や販売促進部が商談の過程で相談して決定した商品の訴求内容をクリエイティブに反映した広告を、小売名義のリテールAds(YouTube動画広告、ディスプレイ広告、検索広告、SNSのインフィード等)に配信することで、当該小売りへの来店を促すとともに、配信内容と同期を取る形で店内でもご案内することで、メーカー商品の購入を促す取組みです。

 リテールメディアの構成要件である、自ら販売機能を持つ点(広告や販促対象の商品を仕入れ、在庫を持ち、販売、配送する機能)、小売が持つデータを活用する点(顧客のデジタルIDと属性情報、購買履歴等)、購入時点に繋がる導線上のメディア(デジタル広告と店頭の連動)を活用することで、広告に接触した人が実際に店頭に訪れ、商品購入に繋がったか、検証ができる仕組みになっているところが特徴として挙げられます。

 このモデルは、何を(対象のメーカー商品)が決まっている他、共同販促の取組みをご一緒する小売の店舗へ、お客さまを送客し、さらに自社商品を拡販する、という流通対策組織のミッションと合致した取組みのため、メーカーの組織役割の中で、個々の屋号を担当する営業に割当られた支援費や販促費がお財布になっている取り組みだと理解することができます。

 そのため、本件取り組みの成果を計るレポートも「トラフィック分析」「CPC分析」といったリーチ数やデジタル広告としての効果効率に関するものに加え、キャンペーン期間中の店舗別販売数や広告接触者と非接触者の購買率の違い、商品購入者の属性やクラスタリング、トライアル&リピートの比率等を明らかにすることができるため、お客さまと直接接点を持たないメーカーにとって、このような施策の結果や因果の解像度が高いレポートは有益なものになっています。

2.リテールAdsの運営モデル

 自社が保有するデジタル会員のデータを活用し、外部メディアへのデジタル広告配信ができるオフサイトのリテールメディアを開発し、メーカーとの共同販促を実施する場合、企画から実行、検証に至るまで、小売業の担当は、どのような業務フローでリテールAdsを運用しているのでしょうか?

リテールAdsの前工程と後工程

 まず、起点となるのは商品部とメーカーの営業との間で行われる商品数量や価格等、取引の条件に関する商談です。この際、メーカーが実施する広告宣伝の期間や投下量、利用するメディア媒体に関する情報提供と合わせ、当該商品の拡販に向けた小売に対する支援や販促提案が行われます。

 その後、小売業の組織でいうと営業企画や販売促進の担当が、メーカーの営業との間で、店頭やECを使ったキャンペーンや、その告知手段として、小売業が運営するオウンドメディア(オンサイト)や、小売業の持つデータに基づいて外部メディアに展開するデジタル広告の活用について相談を行います。

 このような前工程の後、営業企画や販売促進の担当が中心となり、共同販促施策の内容に関する説明書を用意し、商品部や店舗の営業部門に対し、店頭展開と同期したデジタル広告の展開について、情報提供とコミュニケーションを行います。

 また、自社のオウンドメディア(WEBサイトやアプリ)、Googel等の外部メディアへのへ配信するクリエイティブをチェックし、配信の手配を行い、キャンペーン終了後は、共同販促の成果に関するデータを整理し、効果を分析した結果をメーカー向けのレポートとしてまとめ、報告を行っています。

 このように、日本のリテールAdsは、小売が管理・運用し、来店計測ができるデジタルメディアへの配信(オフサイト)だけのことを指しているものではなく、小売のWEBサイトやアプリでの告知、さらにインストアでの展開を含め、小売への送客から当該商品の拡販を目的とした一連の共同販促の取組みであり、オンサイトとオフサイトの施策やプランが総合的にデザインされたモデルだと言えそうです。

3.リテールAdsに取組む小売業にとって頭の痛い問題

 前述の業務フローをみると、リテールAds(販促広告)の導入にあたっては、デジタルマーケティングの基盤構築や、デジタル広告の営業、広告の配信や運用などに加えて、クリエイティブの企画制作やそのチェック、メーカーへのレポーティングなど、様々な組織機能の配置が求められます。

 また、広告の配信内容と店頭展開が連動することを前提とする場合、店舗運営や営業部門との連携なども必要不可欠であり、従来の小売業の中に存在しなかった新たな業務が発生することがわかります。

 このようなリテールメディア提供組織の業務は、デジタル広告代理店やアドテクベンダーの範囲と大きく重なります。そのため、こうした業務のスキルや能力を持つ社員を小売業の内部で見つけるのは非常に難しいと考えられます。

 一方、メーカーと小売業が共同で行うプロモーションという性質を考慮すると、自社の商品部門や店舗運営、営業部門との緊密な連携が不可欠です。そのため、リテールAdsの運用や業務プロセスをすべて外部の協力会社に頼ってしまうと、小売内の商品取扱いに関する方針との間で一貫性を保てず、効果的な取組みにならない可能性が高まります。

 日本の小売業において、リテールメディアの事業展開を妨げている大きな問題は、リテールAdsの提供と運用に適した組織機能を社内に確立し、適切な人材を確保することにあります。

 小売業の行動原理や事業特性、メーカーと小売業の独特な商習慣、そしてメーカーの組織ごとの役割や業務目的を理解した上で、社内の関連部門と円滑にコミュニケーションができる社員を配置し、メーカーや広告代理店、アドシステム企業との間に入り、自社とステークホルダーを有機的に繋ぐハブとして振る舞う社員を置き、組織体制を整えることが、現在、リテールメディアの取組みを計画している小売業にとって、最も難しい課題だと考えられます。

4.解決のアプローチ/リテールAdsの3つのモデル

 私が、ここまでにお話を伺ってきた食品スーパーマーケットの場合、営業企画に従事するメンバーは少数であることが一般的でした。営業収益が3,000億円前後の食品SMの場合でも、営業企画は4名体制で、そのうち2名は折込チラシの担当であり、WEBページや自社アプリの担当が2名という構成です。

 営業企画や販売促進に従事する社員の少なさだけでなく、彼らのバックグラウンドが小売業に新卒で入社した正社員であるという点からしても、メディアビジネスやアナリティクスのスキルを備えた人材を確保することが求められるリテールメディアに関する専門組織を立ち上げることは容易なことではなく、一朝一夕に解決できない問題であることがわかります。
 
 デジタル広告の配信基盤や、顧客データの管理や分析基盤の構築、営業から広告運用、配信管理、分析、報告に従事する人員を小売業の内部人材だけで確保することは難しいため、リテールAdsを実現するために、外部のパートナーにこれらの業務を委託する等、リソースを供与してもらう動きが見られます。

 リテールAdsを事業化するためのアプローチは、小売業が自前で用意できる機能の幅によって、3つに分けることができます。

(1)外販モデル

リテールAdsの基盤の構築や担当設置が難しい企業

オフラインの小売から購買履歴を預かり、広告配信と効果効果の検証を行うソリューションを展開する外部の事業会社に対し、自社のID-POSデータ等を提供することで、売上の一部が小売へ支払われるモデル

 この場合、広告出稿時にかかる媒体費を控除した後に連携会社が得る収益のさらに一部がデータ利用料としてシェアされるため、小売業が得る収入規模は小さく、大きな商いにはなりません。

 また、広告配信や分析基盤が小売名義ではないこと、また、自チェーンへの誘導を目的とした取組みにはなり得ないことから、リテールAdsの共同販促モデルではなく、自社データの外販モデルだと捉えるのが適切だと考えられます。

(2)協業モデル

商品部との連携や店頭施策との連動等、小売側の機能は果たせるが、メディアビジネス周りの組織機能の配置や基盤構築が難しい企業

自社名義のリテールAdsの事業化にあたり、小売業が内製で取り組むことが難しい基盤開発やメディアビジネス自体の運用を、アドテク系のベンダーが補完し、機能提供する形で成立しているモデル

 小売業の顧客IDや識別子、POSデータ等を管理補完するCDPや外部のメディアと接続するデジタル広告の配信管理や運用、広告主に対する営業やキャンペーン実施後のレポーティングといった各種機能を、パートナー企業が担う共同事業として運営されている取組みが、協業モデルにあたります。

 このモデルでは、メーカー広告主に対する提案や営業、広告配信先のメディアとの接続や運用、広告配信後の効果測定の分析やレポーティング等の各業務をパートナー側の社員が実行します。
 また、CDPや外部メディアへの配信プラットフォームは、パートナー側が用意したパートナー企業の資産であり、その一部の機能が小売名義のリテールAds向けに開放されている構造になっています。

 協業モデルは、自社名義のリテールAdsの取組みでありながら、その大部分の機能をパートナー側が供与するため、業務委託費や基盤利用料支払いの割合が多くなり、結果として、小売側の手残りが少なくなるという課題があります。

(3)内製モデル

導入初期は、部分的に業務委託を行うが、専門部署を設置し、段階的に内製範囲を広げていこうとする企業

 取組みの初期は、リテールメディアやリテールアドの実装支援機能を持つ法人を介在させ、サービス設計や業務要件定義、開発プロマネを委託するが、基本的に自社資産としてリテールAdsの広告基盤を開発する他、リテールAdsの営業、販促商談、メディア配信、分析レポートの提供までの一連の業務を、外部パートナーの協力を受けながら回し、組織や人員計画を立て、定着後は、リテールAdsの運用も完全に内製化していく流れで、内製範囲を広げていこうとしています。

 このモデルでは、内製の範囲が広く、ステップバイステップでシステム基盤の開発を進め、小売業に求められる素地素養とは異なるスキルや知見を持つ人材の採用や育成を進めていくため、事業が形になるまで時間を要す他、投資額も多くなります。

 その反面、顧客IDやデータ管理のCDP、広告配信基盤、データ分析基盤等の開発が終わり、運用を含めて内部で実施できるようになると、外部パートナーへの費用の流出が極めて少ないモデルであり、高い利益率が期待できます。

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