見出し画像

ショーン・ベイカー『レッド・ロケット』トランピアンの元ポルノ男優、故郷に帰る

2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。『チワワは見ていた』『タンジェリン』『フロリダ・プロジェクト』に連なるショーン・ベイカーの最新作。原題"赤いロケット"は犬の勃起したペニスを示すスラングらしいが、確かに夢破れたポルノ男優が輝かしいハリウッドからゴミ溜めのようなテキサスの故郷に負け犬の如く戻ってきて再起を狙う本作品に付けるには正しい題名かもしれない。そんなこんなでテキサスに戻ってきたマイキーは、持ち前の口の達者さで元妻レキシーを丸め込んで、彼女の実家に無理矢理泊まり込み、彼女との約束通り仕事を探すが、履歴書の17年のブランクは厳しく、ポルノ男優と明かすと余計に厳しく対応される。そして、高校時代の伝を使ってマリファナ売人に収まった。

本作品は三つの物語が並行して語られる。元妻レキシーはマイキーと別れて帰郷して以降、出会い系サイトで男漁りを続けているようで、義母はマイキーの存在を疎ましがる反面、娘が男遊びを止めてくれていることだけには感謝している。しかし、マイキーにとってレキシーは寝る場所を提供してくれる人というだけの存在で、気に食わないことがあったら金を渡して丸め込み、セックスがしたくなったらするが、それ以上干渉して"自分の足を引っ張らないでほしい"と思っている。隣人ロニーとは30年ぶりくらいの再会で、旧交を温めるという名の経歴マウントとして機能している。明らかに自分よりも下に見えるロニーに対して、ハリウッドでの輝かしい経歴や撮影の舞台裏、ヤンチャ遍歴を"女なんてお手の物!"と語ることで、"自分は一時的にここにいるだけだ"と自己暗示しながら、ひたすらマウントを取り続ける。ドーナツ屋で働く17歳11ヶ月の店員ストロベリーは、超可愛いので持ち前の口の達者さで近付くが、それも彼女をポルノ女優にして自分が復活するというプランの一部であり、彼女との恋愛を楽しみながら、最大限搾取しようとする。つまり、彼にとって、彼の周りの人間は道具でしかないのだ。というよく見かけるタイプの作品だが、本作品ではマイキーに"俺は愛国者だからな"と言わせ、トランプの演説を見てる風景を挿入して彼が(ベイカーの思う)典型的なホワイトトラッシュであることを提示する。この短いシーンが圧倒的に邪魔というか、共感できないポイントとしてトランピアンである設定を入れているわけだが、トランプが選挙で負けた世界にあって、わざわざ時代設定を微妙に巻き戻してまで負け犬のホワイトトラッシュをトランプを結びつけたのが理解できなかった。

終盤の疾走感を『アンカット・ダイヤモンド』に例えている評もあったが、負け犬の再スタートという観点では比べ物にならないほどチープで低空飛行だ。80分くらいで終わらせるべき内容で無理矢理130分にしたとしか思えないほど薄っぺらくて鈍重だし、最後まで三つの挿話がバラバラに動いてるので『アンカット・ダイヤモンド』の足元にも及ばない。残念。

・作品データ

原題:Red Rocket
上映時間:130分
監督:Sean Baker
製作:2021年(アメリカ)

・評価:30点

・カンヌ映画祭2021 その他の作品

1. ナダヴ・ラピド『アヘドの膝』イスラエル、深淵を覗くとき深淵もまた…
2. レオス・カラックス『アネット』人形アネットと空虚なお伽噺
3. ポール・ヴァーホーヴェン『ベネデッタ』彼女は聖女なのか?奇跡は本物なのか?
4. ミア・ハンセン=ラヴ『ベルイマン島にて』ようこそ、ベルイマン・アイランドへ!
5. ナビル・アユチ『Casablanca Beats』モロッコ、不満と魂をリリックに乗せて
6. ユホ・クオスマネン『コンパートメント No.6』フィンランド、一期一会の寝台列車
7. カトリーヌ・コルシニ『分裂』フランス、分断を誘っているのは誰?
8. 濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』絶望から忍耐、忍耐から希望
9. フランソワ・オゾン『すべてうまくいきますように』さらば我が父、さらば我が娘
10. ショーン・ペン『フラッグ・デイ 父を想う日』アメリカ、6月14日に生まれて
11. ブリュノ・デュモン『フランス』フランスのフランス、或いは俗物の聖人
12. ウェス・アンダーソン『フレンチ・ディスパッチ』名物編集長追悼号より抜粋
13. アスガー・ファルハディ『英雄の証明』SNS不在のSNS時代批評…?
14. マハマト=サレ・ハルーン『Lingui, The Sacred Bonds』チャド、聖なる連帯
15. アピチャッポン・ウィーラセタクン『MEMORIA メモリア』コロンビア、土地と自然の時間と記憶
16. ジャスティン・カーゼル『ニトラム / NITRAM』オーストラリア、冷たく空虚な悪について
17. ジャック・オーディアール『パリ13区』コミュニティを描かないフランスの団地映画
18. キリル・セレブレニコフ『インフル病みのペトロフ家』エカテリンブルク版"ユリシーズ"的ファンタズマゴリア
19. ショーン・ベイカー『Red Rocket』トランピアンの元ポルノ男優、故郷に帰る
20. Joachim Lafosse『The Restless』動き続ける父の肖像
21. エニェディ・イルディコー『ストーリー・オブ・マイ・ワイフ』私の妻…を疑う私の物語
22. ナンニ・モレッティ『3つの鍵』イタリア、ある三家族の年代記
23. ジュリア・デュクルノー『TITANE / チタン』チタンがもたらす予期せぬ奇跡
24. ヨアキム・トリアー『わたしは最悪。』ノルウェー、正論と実生活の線引はどこ?

よろしければサポートお願いします!新しく海外版DVDを買う資金にさせていただきます!