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新作映画2024

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2024年の新作ベスト選考に関わる作品をまとめています。新作の定義は、今年も2022/2023/2024年製作の作品で自分が未見の作品です。
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記事一覧

ジョルジョ・ディリッティ『ルボ』子供たちを探す父親の20年

2023年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。ジョルジョ・ディリッティ長編五作目。1939年スイス、家族で大道芸人をしながら国中を渡り歩くイェニッシュの家長であるルボは、いきなり道端で呼び止められて徴兵される。そして、嫌々ながら国境を警備していたある日、再教育という名目で子供たちが連れ去られ、妻が殺されたことを知る。ルボは怪しげな密輸業者の男ライターを殺害してなりすまし、子供たちの行方を追っていく…のだが、いくら大道芸人だからっていきなり素人が山道を運転できるようになったり

ゼルナー兄弟『Sasquatch Sunset』ウホウホなサスカッチたちの春夏秋冬

ゼルナー兄弟共作長編二作目、兄デヴィッドは単独監督作も含めると長編七作目。サンダンス映画祭でプレミア上映された際は多くの観客が途中退場したらしい。ロッキー山脈一帯で目撃されるUMAサスカッチの一団の春夏秋冬を追った一作。台詞はウホウホ音のみ。真っ昼間から森のど真ん中でセックスしてる冒頭から中盤までは、セックスにウンコにゲロにチンコに云々という下品なコメディで、正直自分の好みとは正反対だったが、エピソード単位ではしょーもなすぎて笑えるものも多かった。特に、初めて道路見て盛り上が

マッテオ・ガローネ『僕はキャプテン』少年たちの過酷な移民旅

2023年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。2024年アカデミー国際長編映画賞イタリア代表。マッテオ・ガローネ長編11作目。セネガルからサハラ砂漠と地中海を超えてイタリアを目指す二人の少年セイドゥとムサの物語。漠然とした目的を抱えたままイタリア行きを決意した二人は、家族に伝えることなく過酷な旅に出る…くらいまでは良かったんだが、砂漠を超えるシーンの砂漠の美しい撮り方なんかはジャンフランコ・ロージ『国境の夜想曲』に似ていて、まさにヴェネツィア映画祭を意識したのかなぁと感じて

ローズ・グラス『Love Lies Bleeding』セックスとドラッグと筋肉と

ローズ・グラス長編二作目。1989年、ジムのマネージャーであるルーは、ボディビル大会を目指してニューメキシコを通りかかった放浪者ジャッキーと出会い恋に落ちる。ルーは自身の後ろ暗い過去と最低な男家族に悩まされており、その根源たる有害男性性を内面化していた。彼女の父親が郊外の砂漠で射撃場を経営しつつ、メキシコへの武器密輸で財を成しており、FBIにも目をつけられていたのだ。ルーが生身での勝負に拘るジャッキーにステロイドを勧め、彼女が薬物中毒になっていくのは、本作品のボディホラー的な

マルゲリータ・ヴィカーリオ『グローリア!』音楽を理論や楽譜や権力や階級から解放する映画

傑作。2024年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。シンガーソングライターとして有名なマルゲリータ・ヴィカーリオ長編一作目。1800年を迎えたヴェネツィア近郊にある救済院にて、音楽に関する三つの視点が入り乱れる物語。この救済院では身寄りのない子供たちに楽器を教えて聖歌隊としていたが、指揮者兼作曲家の院長は別に人身売買なども行っているようだ。一人目のテレサは声を仕舞いこんだ孤児の少女。今は下人として働いている。彼女は院長の裏仕事の餌食となって、知事の子供を産まされた過去を持つ。二

エドアルド・デ・アンジェリス『潜水艦コマンダンテ 誇り高き決断』イタリア、カリスマ潜水艦長は"海の男"

2023年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。エドアルド・デ・アンジェリス長編六作目。SAG-AFTRAのストライキの影響でルカ・グァダニーノ『チャレンジャーズ』の公開が延期になったことで棚ぼたでヴェネツィア映画祭オープニング上映を勝ち取った一作。二次大戦期イタリアの軍人でありながら、軍人である以前に海の男であるという信念の元、敵船を打ち沈めつつ助けを求める敵船乗員たちを助けていたという潜水艦長サルヴァトーレ・トダロについての物語。彼の物語はそこまで知名度が高いものではなか

ジャン=ステファーヌ・ソヴェール『Asphalt City』危険な有色人種と思い悩む白人救世主

2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ジャン=ステファーヌ・ソヴェール長編四作目。カンヌでのプレミア上映時は『Black Flies』という題名だったが、いつの間にか変更されていた。物語は新人救命救急士オリーが、ペアを組んだベテラン救命救急士ジーンと共に様々な現場を体験する、というもの。いきなり銃撃戦があった公園に行かされて呆然とするオリーは、その後も様々な現場で様々な患者と向き合っていく。凶暴な犬に噛まれたチンピラ集団、過酷な食肉工場で倒れた男、ランドリーで倒れたホーム

カンタン・デュピュー『Daaaaaali!』幼稚なダリがいっぱい

カンタン・デュピュー長編12作目。一昨年から1年に2本というホン・サンスみたいなペースで作品を撮りまくっており、昨年は『Yannick』をロカルノ映画祭で上映した数週間後にヴェネツィア映画祭で本作品を発表している。冒頭からダリの絵画"Necrophilic Fountain Flowing from a Grand Piano"、ピアノとそこに開いた穴から水が流れ出る絵を雑に再現した画が登場する。ダリの描いた不条理空間が雑に実体化しているのだ。物語はジャーナリストのジュディッ

Timm Kröger『The Universal Theory』多元宇宙から来た女に一目惚れした男

2023年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。Timm Kröger長編二作目。作家ヨハネス・ライナートはスイスを舞台とするSF小説を発表した。しかし、本人はインタビューではそれが小説ではなく現実に起こったことだとしている。実際には何が起こったのか?物語は12年前に巻き戻る。学生だったヨハネスは指導教官シュトラーテン教授の下で博士論文を書いていた。テーマは万物の理論と多元宇宙について。スイスでの学会に行く道すがら、シュトラーテンはあの手この手で実証不可能なヨハネスの論文にケ

【ネタバレ】アンドリュー・ヘイ『異人たち』You Were Always on My Mind And Always Will Be

傑作。アンドリュー・ヘイ長編五作目。山田太一『異人たちの夏』映画化作品。原作は未読だが、大林宣彦版は鑑賞済なので比較してみると、まず再会そのものが甘美でないことに驚いた。そりゃそうなのだが、大林版は人生に行き詰まった中年男が、楽しかったであろう子供時代の続きを演じ直すことが中心にあったので、言ってしまえば幼稚な印象を受けた。本作品では二度目の訪問で(会話の流れでとはいえ)母親にカムアウトしており、その母親の典型的な反応も"何度もシミュレーションした結果の一つ"だろうと想像でき

Virginie Verrier『Marinette』マリネット・ピションのサッカーへの想い

Virginie Verrier長編一作目。フランス史上最高の女性サッカー選手と呼ばれたマリネット・ピションの半生を描いた一作。彼女の30年間を90分にまとめたためにやや駆け足ではあるが、家族/サッカー/恋愛というエッセンスは過不足無く収まっている。飲んだくれで暴力的な父親、嫉妬からマリネットを虐めるチームメイトなど敵対的な人物も多くいるが、サッカーをすることに協力的な母親、学生時代に入っていた男子チームの監督、SMOの監督、フィラデルフィア・チャージのチームメイトなど好意的

ローラ・ポイトラス『美と殺戮のすべて』それは姉の見た世界、私の歩んだ記憶

大傑作。2022年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品、金獅子受賞作。1965年に自殺した姉バーバラに捧げられた映画であり、原題も診断書に書かれた"彼女が見た世界"を指す言葉から取られている。それはある意味で、後に妹ナンが歩んだ人生そのものであり、すべてが姉の"物語"に帰着しているようにも見える。ナンは冒頭で、物語と記憶の違いを語っており、生の記憶を残すために写真を撮っているとしていたが、姉の人生については"姉の物語"としていることが、まさに本作品のすべてを表しているのではな

Marija Kavtaradzė『Slow』リトアニア、親密さと身体について

傑作。2024年アカデミー国際長編映画賞リトアニア代表。マリア・カフタラーゼ(Marija Kavtaradzė)長編二作目。コンテンポラリーダンサーのエレナは聾の若者に向けたダンス教室を開いており、そこで手話通訳のドヴィダスと出会った。エレナはこの物静かな青年をすぐに気に入るが、彼からアセクシャルであることを告白される。物語は二人の関係性を手探りで進めていき、決してニヒリズムや不必要な残酷さを経由することなく、互いに最善を尽くしても同調しきることのできないリズムを描いている

ベルトラン・ボネロ『けもの』人類に向けたフォークト=カンプフ検査

傑作。2023年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。ベルトラン・ボネロ長編10作目。一応の原作はヘンリー・ジェイムズ『密林の獣』。三つの異なる時代の同じ男女を描いている。主軸となるのはAIに支配された近未来で、人間の感情を消し去るためにDNAを浄化する手術を受けるガブリエルの物語である。彼女の意識は1910年(パリ洪水)、及び2014年(地震)という天災の年にいたガブリエルに飛び、その時代で毎回、運命付けられた相手ルイと邂逅を果たす。『パストライブス』より『パストライブス』