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世界の(未)公開映画

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東欧映画、ロシア映画以外の未公開映画についてまとめています。最近は公開された作品も掲載しています。全ての記事をどこかに帰属させてあげたいという親心です。見逃してください。
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記事一覧

João Canijo『Living Bad』ポルトガル、子供を支配したい毒親三部作

2023年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。ジョアン・カニホ(João Canijo)長編最新作二部作。同じ映画祭のコンペ部門に出品された『Bad Living』と対になっており、同作ではホテル経営をする親子三代、本作品ではそのホテルにやって来た客の目線で同じ時間の出来事を描いている。本作品は似たような境遇にある三組の客を三部構成で描いており、客同士の直接的な関わりはないものの、同じシーンを別の視点で見ることが出来るという点で『Bad Living』を別視点で3回見

マルコ・ベロッキオ『甘き人生』落下と家と死への無意識的な執着

傑作。マルコ・ベロッキオ長編23作目。マッシモ・グラメッリーニによる同名小説の映画化作品。子供時代に母親を亡くした主人公マッシモは大人になっても母親の幻影に縛られ続けている、という話。母親が飛び降り自殺したことは知らされず、劇中でも母親の遺体は全く映されなかったはずなのに、知ってか知らずか映画は序盤から落下と死に執着し続ける(あと、異様な数のナポレオンの胸像にも)。それが高低差に結びつかないのは落下と死の直接的な関係性を知らないからだろう。1992年の実業家自殺、1993年の

アラン・タネール『白い町で』ブルーノ・ガンツ、リスボンの町を歩き回る

傑作。1983年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。アラン・タネール長編八作目。今回はスイス人海洋整備士ポールが、航海中に立ち寄ったリスボンに留まって、何もしないままただリスボンの街を歩き回る映画。このある種の不条理さ、リタ・アゼヴェード・ゴメス『The Sound of the Shaking Earth』を思い出した。どっちもDPがアカシオ・デ・アルメイダだったということを後から知って感動している。不条理さというと、冒頭で秒針が逆向きに進む時計が登場しており、観客の時間が正

アラン・タネール『Messidor』スイスに降り立った二人のアナーキー女神

大傑作。1979年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。アラン・タネール長編六作目。試験前の休暇で都市部の家を出た学生ジャンヌとローザンヌにいる父親を尋ねるマリーは、偶然同じ道でヒッチハイクしていたことで知り合う。二人の初登場シーンから強烈だ。交通量の多い道路の騒音に悩むジャンヌは、見晴らしの良いベランダに背を向けながら旅に出る決意を語る。ローザンヌ行きの切符を無くしたマリーはそのままホームの階段を降りていく。様々な移動手段が登場する本作品の中で、後に飛行機に向けて発砲しているこ

マルコ・ベロッキオ『マルクスは待ってくれる』ベロッキオ、双子の弟に向き合う

マルコ・ベロッキオが自身の家族を撮ったドキュメンタリー。彼が29歳のときに亡くした双子の弟カミッロについて、生き残った家族たちが思い返すという内容。才能に溢れる兄ピエルジョルジョと優秀すぎる双子の兄マルコに対して、平凡なカミッロは人生を迷い続けたことが明かされる。兄妹はてんでバラバラの方向を向いてそれぞれが独立して生きていたと語られる通り、ベロッキオ家のメンバーの記憶はだいぶざっくりしていて、カミッロの当時の恋人の妹という距離感の女性が推測ではない生身のカミッロを一番覚えてい

マルコ・ベロッキオ『蝶の夢』会話を止めた舞台俳優とその家族たち

傑作。マルコ・ベロッキオ長編13作目。若き舞台俳優マッシモは14歳の頃から日常会話を拒否し、舞台上でのみ台詞を話す生活を続けていた。ある日、彼の舞台を観て感動した演出家がその事情を知り、彼の人生を舞台化するべく彼の母親に脚本執筆を依頼した。それをきっかけに、考古学者の父親、詩人の母親、物理学者の兄、愛に迷うその妻アンナはマッシモと向き合い、それぞれのアプローチで彼をどうにかして喋らせようと苦心する。しかし、マッシモは彼らには口も心も開かず、森の小屋に暮らす少女にだけ心を開いて

ニナ・メンケス『The Bloody Child』アメリカ、匿名化された女性たち

ニナ・メンケス長編四作目。『The Great Sadness of Zohara』から連なる四部作の終章。実際に起こった事件、湾岸戦争から帰還した若い海兵隊員が妻を殺してモハーベ砂漠に埋めようとして逮捕された事件に着想を得ている。映画は逮捕される前後の瞬間、海兵隊員たちが屯するビリヤードバー(男や彼を逮捕した隊員たちが通っていたかもしれない)や、森の中に呆然と座り込む全身泥まみれの女性の映像などを時間も因果もバラバラに繋ぎ反復し続ける。特に多いのは現場に続々と集まってくる海

ロルフ・デ・ヒーア『Alien Visitor』宇宙人に環境問題について説教される回

ロルフ・デ・ヒーア長編六作目。焚き火を囲んで座る老婆が二人の少女に昔話を語る。昔々、南十字星の一番暗い五つ目の星イプシロンから誤って地球に送られてきた美女異星人がいた。彼女はオーストラリアの砂漠に降り立ち、測量技師の男と出会った云々。地球は人間が環境を破壊しまくるので宇宙人に嫌われていたらしく、異星人は時空間移動能力を駆使して、ひたすら測量技師に説教を続ける。テレポート能力でひたすら背景を入れ替えながら二人で並んで歩いて、ひたすら説経するだけという謎のシーンばかりで、もはや笑

アトム・エゴヤン『Calendar』アルメニアの教会群でカレンダーを作る夫婦の物語

大傑作。アトム・エゴヤン長編五作目。ある写真家とその妻は、カレンダー用写真の撮影のためアルメニアを訪れる。運転手兼案内人のアショットが熱心に教会やその歴史を解説してくれて、妻は熱心に聞き入って翻訳する一方、写真家は表面的な構図にしか興味がなく、長話をして惹かれ合っているようにも見える二人に嫉妬している。撮影されたアルメニアでの映像は全て写真家の一人称視点であり、興味のない箇所は飛ばされ、思い返したい箇所は何度も巻き戻される(普段通りの時制操作だがここでは奇跡的なまでに上手くい

ミン・バハドゥル・バム『黒い雌鶏』ネパール、視界の外側にある戦争

傑作。ミン・バハドゥル・バム長編一作目。ベルリン映画祭予習企画。2001年、ネパール北部の小さな村。この年は、1996年から続く内戦が短い停戦に至った年でもあり、王族殺害事件が起こった混乱の年でもあった。村にはカーストの異なる二組の姉弟がいた。結婚を間近に控えたウジャルとその弟キランは庄屋の子供で、最近母親を亡くしたビジュリとプラカシュは不可触民の子供だった。キランとプラカシュは仲良しなのだが、特にキランの家族はプラカシュと仲良くすることを嫌がっている。そんな中で、プラカシュ

Kazik Radwanski『Cutaway』&『Scaffold』ブレッソンとマッケンジーへの漸近

カジク・ラドワンスキ(Kazik Radwanski)短編二本。『Cutaway』は建設労働者として働き、恋人との間に子供が生まれようとしている男が迎える短い変化の時間を"手"のみで表現していく。壁をドリルで破壊する手、漆喰を捏ねる手、恋人とのSMSに返答する手、お金を引き出す手、恋人の手を握る手、頭を抱える手、窓の露を払う手。それぞれに不安や喪失感といった感情が宿った手の動作が連鎖していく。右の掌に怪我をしてから治るまでの長い時間を感じさせない、短く切られた場面の数々。窒息

アル・ウォン『Twin Peaks』あるトラック運転手の見た宇宙

大傑作。配達ドライバーとして働いていたアル・ウォンは、サンフランシスコのツイン・ピークス周辺のループする道路が持つ瞑想的な特質に魅了された、らしい。伝説的な曹洞宗の僧侶で、アメリカに"禅"を広めた鈴木俊隆の弟子ということもあって、禅哲学の無限のサイクルを象徴する作品になっている。画面に映されるのはトラックの運転席と助手席の間に置かれたカメラからフロントガラス越しに見える景色である。左手前には運転する人物がハンドルを回す腕だけが見えているが、言葉は発さない。画面のちょうど真ん中

ヴィットリオ・デ・セータ『オルゴソロの盗賊』イタリア、過酷な土地に生きる羊飼いの決断

ヴィットリオ・デ・セータ長編一作目。サルディーニャ島オルゴゾロ村の羊飼いは、脆弱な土地を移動するという過酷な生活背景から、彼らの中にある掟に従い、重要なのは家族と地域の繋がりだけらしい。デ・セータはこの3年前に『オルゴーゾロの羊飼い』というカラー短編を撮っており、多くの面で本作品はその延長線上にある。主人公は羊飼いミケーレ。ある日、彼が普段使っている休憩小屋に豚を強奪した盗賊たちが入り込んだ。しかし、ミケーレは彼らを追い出そうとせず(関わりたくないとは思っている)、後を追って

アザゼル・ジェイコブス『The GoodTimesKid』増殖した三人のルドルフォたちのすれ違うアイデンティティ

傑作。アザゼル・ジェイコブス長編二作目。彼女との生活に不満を持つロドルフォ・カノ(ジェイコブズ本人)は軍隊入隊を決意し、何の手違いか同じ町に船で暮らす同姓同名の男ロドルフォ・カノ(ヘラルド・ナランホ)にも召集令状が行ってしまったことで起こる奇妙なアイデンティティの交換。軍事務所でロドルフォ=ジェイコブズを見つけたロドルフォ=ナランホは彼を追って自宅まで辿り着き、彼の恋人ディアスに出会う。チョコケーキ粉砕、冷蔵庫殴り散らし、アップテンポなダンス、そして疾走といった、彼女の長い手