見出し画像

依存と自立と栄光と

ミュージカル「20世紀号に乗って」を観劇した。
感想をしたためられる程の知性は持ち合わせていないつもりだったが、この手の舞台では珍しく「演劇全体のテーマ」のようなものを受け取ることが出来たので、備忘がてら書いておこうと思う。

私が受け取ったテーマは「自立と依存」だった。
主人公のオスカー・ジャフィは自身の舞台を成功させるためにリリー・ガーランドにオファーを持ちかける。
一方で若手俳優で彼女の恋人であるブルース・グラニットも彼女の栄光に縋るために彼女を追いかける。
この時点で二人は「キャリアのためにリリーに依存している」と言える。
一方でリリーは自身のキャリアと本当にやりたいことの狭間で悩んでいる。
最終的に彼女を勝ち取ったのはオスカーで、客観的に見れば、「彼女が本当にやりたいこと」の近くにいたからだ。
だけど私は、もっと根本的なところに二人の優劣が存在していたんじゃないかと思う。

・自分の気持ちを押し付け続けたブルース
「リリーのことが好き」という一点だけを彼女に押し付け続けたブルースのことが個人的にすごくみすぼらしい男として映ってしまった。
彼女と少しでも一緒にいたい、そのためには自分の仕事を投げ打っても構わない、そんな姿を見てリリーも同じ想いを抱えていたんだろうな……と察してしまう。
彼が「不安定な自分の職を支えるためにリリーに依存している」ということは後半、オスカーの仕事を受けようとするシーンで証明される。映画を後回しにする彼女を見て「僕はもうおしまいだ!君とも別れる!」とたった一言。この男、やっぱりな、と。
「君がいないと生きていけない」というセリフは、客観的に見たらロマンチックでもなんでもない。自分1人立てないような人に愛だの恋だの言われても、一人前の女性には何も響かない。そんなメッセージを勝手に感じ取った。

・リリーの「やりたいこと」を尊重したオスカー

一方でオスカーも、彼自身のキャリアのためにリリーに近づく。
ブルースとの違いは、彼が「彼女の輝ける場所」を熟知していること。
リリーの輝かしいキャリアの中で感じる違和感の正体を彼は知っていて、彼女が理性で拒む性格であることや、理性で心の奥の本音を押さえ込もうとする性格であることを分かった上でアプローチしている。
彼女が女優を始めた時も、映画の仕事に追われながらも本当は舞台に恋焦がれているときも、全部分かった上で挑発するような態度をとっている。
その方が彼女が素直になれることを知っているから。
自分のキャリアの為に彼女を利用したい、という魂胆は2人とも変わらないが、オスカーには一歩引く余裕がある。一歩引いたら、彼女が振り向くことを知っている。
似ているようで2人には埋められぬ大きな差がある、そんなことを感じた。

・自立した女こそ落としがいがある
劇中歌で2人はリリーに想いを寄せながら、こう歌う。
「自立した女性が男性を翻弄する」という構図が1930年代に既にある時点で、進んでいるように見えるが、彼女への執着の仕方を考えると、「一人前の女性を手に入れるかっこいいオレ」が透けて見えてしまうので、やはり今の価値観と比べるとちょっと古くも感じる。


結局そんなふうに争いあった2人も、1人優位に見えるリリーも、その上に「プリムローズ夫人の寄付金」という途方もない権利に依存し、振り回され、「仕事の成功よりも自分の気持ち」というゴールに向かって走っていくわけだが、その上で1番近くにいてくれたブルースを選ばずオスカーと結ばれる結末を含め「一緒にいて欲しい」という気持ちの押し付けよりも、自分の夢やビジョンを優先して導いてくれる(あまりにも強引過ぎたけれど)人を選ぶ、ある意味のハッピーエンドだと思う。

結婚とは、お互いが見つめ合う事ではなく、同じ方向を見て歩くこと。

そんな名言を思い出してしまった。
顔色を見て相手に合わせ、自分の思う方向になし崩しで進めてしまう男性より、お互いが自分を大切に出来る関係を優先してくれる男性を選びたいリリーの気持ちは、私の気持ちと共鳴して、これが自分の大切にしたいことなんだと観劇を通して気づくことが出来た。

リリー、お幸せに。
私も自分で自分の道を切り開く、あなたのような強い女性になれるように頑張るよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?