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空腹時にアスピリンを飲んではいけない

榎本櫻湖さんの突然死に衝撃を受けています。
ご冥福を祈りながら、櫻湖さんの詩を1篇、あげさせていただきます。

空腹時にアスピリンを飲んではいけない
   
ピザが運ばれてくる─腰にタブリエを巻いたきれいな黒髪の生年が、注文したペリエをもってテラスへとやってくる妄想─、チーズの海にはオタリアなどの海棲哺乳類が産卵のためにあつまってきていて、にぎやかな祝祭が衛星中継によってその腥みとともにテーブルのうえへと─ 飴いろのニスが剥げかけて、エボラ出血熱の流行をくいとめることもできない歯痒さがオリーブの樹につぎつぎ実っていくのを、睥睨する─、とどけられたのだったが、半島の端を摘まもうと指がまがるにつれ、斜面をころがる円盤状の性玩具が音をたてて蠢きはじめるようすに─潰れてひしゃげた老眼鏡から竹がなんぼんも生えてくることがいやだった、いまにしておもえばチーズの海ではなく、熟成された能動的な単位への抵抗だといえるかもしれない、いえないだろう、轡を食まされている─、感激して、ふいに肘で安物のワイングラスを均質な平面上から不均質な粒子たちの葬送へと水移させてしまう串刺しにされた、千枚の羊皮紙が─なかば、午睡にまとわりついているフジツボに似たミイラから採取した塗料、サイの角、河原に埋まっている脱線事故と馬具─、堆積した山には銀紙を被せよう、登山列車ができたので、薄い絹の布を羽織った軽やかなヒトのかたちをしたものが、丸底フラスコのなかで満たされない欲求を滾らせているようだが、鱗のひろがった、艶のない─まさか魚糞ではなかった、ある一定の圧力を保った物体を振動させ、畠に棄てられたような瑞々しいメロンの種が貧しく口から溢れる、岸壁まで鏃は穿つ─、それを捲る動作が、ロマ楽団の演奏するツィンバロン、クラリネット、ヴァイオリンなどの木製の部分を脅かしていくのだったが、さしあたって風の強い丘のうえの食堂までセイレーンの歌声も聴こえはしまいと─凍える妊婦、異教徒の捕虜の娘、縺れた地平線をほどく老婆、地下牢での王女との密会、金髪の乙女に叢る半獣神の酔った貌では下着を穢すこともできずに─、外耳道を蜜蝋で塞ぐことを忘れてしまい、孔雀の尾羽がいつまでも擽りつづけているのだが、このように乳首にぶらさがっていることは禁忌だとなじられることもあるだろう、ナイチンゲールのアリアを採譜して歩く、腐敗した鷲鳥のわきを愛と掟は睦みあうだろう、宮殿へ到る小径には─混血の作家が眼球を抉ってまで見ることを拒んだ倫理的な課題を記した密閉できる壜─、給仕係の青年たちがくんづほぐれつ、鶏小屋から太陽が舌をだすまでのあいだ、甲冑を煌めかせて─黒い葡萄酒と紅いろのブランデーとの疾走、放蕩する椰子の実─、遊覧船を眺めている、 
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