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本歌取り

 私の筆名は、『和泉式部日記』から戴いた。亡き恋人為尊親王の弟、敦道親王より橘の花を贈られた和泉式部は、「昔の人の」と思わずつぶやき、

薫る香によそふるよりはほととぎす
      聞かばやおなじ声やしたると

という歌を親王に返す。この歌の本歌が、古今集、読み人知らずの

五月待つ花橘の香をかげば
        昔の人の袖の香ぞする

である。「橘の花の香から昔の恋人をしのぶ」から「橘しのぶ」は誕生した。
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本歌取(ほんかどり)とは、歌学における和歌の作成技法の1つで、有名な古歌(本歌)の1句もしくは2句を自作に取り入れて作歌を行う方法。主に本歌を背景として用いることで奥行きを与えて表現効果の重層化を図る際に用いた。(ウィキペディア)
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 詩集『水栽培の猫』に収録した詩「りぼん」では、本歌として小野小町の歌を引用している。

いとせめて恋しきときはむばたまの
         夜の衣を返してぞ着る
          (古今集、恋二、小野小町)
 和歌の世界にあっては、本歌取りは本歌に寄り添うことで、31文字の限られた世界に膨らみを持たせるのが目的であるが、詩でそれをやると失敗する可能性が高い。千年以上、愛されてきた小町の歌に寄り添いすぎると、こちらのアラが目立つだけだ。真紅の薔薇の傍らに咲く一輪のたんぽぽが色あせて見えるように。詩の世界で本歌取りをする場合、「なくてもいいけどあったほうがいい」程度の効果を私は期待する。口紅の上に透明なリップグロスを重ねるような感覚である。

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