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原爆の詩

 今日は詩友の由美子さんとランチの予定。私の母世代だが、仲良しのお友達だ。彼女は原爆詩人としての評価が高いけれども詩風は繊細で叙情的。詩を書く以前には、油絵を描いていた。エメラルドグリーンを基調とした数々の作品は、宙を舞う孔雀の羽のように美しい。由美子さんには、生まれつき特殊な能力がある。目にした風景が、スクリーンショットになって、脳裏に刻まれるらしい。そのスクショを、色に託して絵を描いたり、言葉に託して詩を書く。
 彼女は原爆投下当時、7歳だった。その数日後、当時住んでいた呉から広島市内の自宅に戻り入市被爆者となる。自宅で見ず知らずの被爆者三人、お母様が介抱なさった。その中の一人は女学生で、体のどこにも傷がないのに、洗面器いっぱいの血を何度も吐いた。その血を御不浄に捨てるのが、幼い由美子さんの役割だった。三人の被爆者は、それからまもなく息を引き取った。
 風光明媚な景色も、血を吐き続ける女学生も、同じように、由美子さんの記憶の抽斗に収められている。本当は目を背けたいけれども、二度と同じ悲劇を招かないために書き続けるのが自分の使命だと、彼女は言う。
 私は、「戦争を知らない子供たち」だ。広島に生まれ育ったけれど、身内に被爆者はいない。傍観者でしかない私が、上っ面だけ撫でて原爆詩を書く事は許されないと思っている。

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