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はる 詩集『しなやかな暗殺者』より

はる

闇のなかにらきらきらと
ひとすじの路がありました
そらにはももの実みたいなお月さま
みじんにくだけた玻璃のかけらが
ひかりをやどしておりました
路のかなたから
風を遊ばす新樹の枝のように
うつくしい一本のかいなが
わたくしを招いておりました
わたくしをだきしめたくてたまらない
と いうふうでした
かけてゆきたい
けれどもわたくしは素足でした
玻璃のかけらに瑕ついた足は
火のような血を噴くでしょう
いくたびものぞきこんだ手鏡が
こっぱになったときのことを
おもいだしました
くだけたかけらのひとつひとつに
なきわらいしたわたくしが
きらきらうつっておりました
紅さしたくちぴるに
ゆうざくらのはなびらが
はんなりはりついておりました
夜ごとのゆめのかよい路に
かいなは手招き
かといって
あちらからこちらを
おとなうふうはなさそうで
おずおず一歩
ふみだしますと
玻璃のかけらとおもったのは
ちりこぼれたさくら
ほっと いきをついたとたん
はなびらの路はちりぢりになって
かいなだけはあいかわらず
ひらひらひらひら
手招きつづけているのでした
ひとひらのはなびらに
なりはてたわたくしが
熟れすぎたゆめのふちに
ちりこぼれちりこぼれ
しているのでした

      1998年4月3日『中国新聞』初出

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