訪問販売 詩集『しなやかな暗殺者』より
訪問販売
インターホンの呼び出し音で目が覚めた
私を買ってください
湿った女の声がささやきかけてきた
あいにくですが間に合っております
丁寧に断ったつもりなのだが
セールスレディーに容赦はない
これからお届けする夢は色彩並びに芳香あり
多少の棘に目をつむっていただけましたら
花言葉以上の快楽を必ずお約束いたします
ですって?
条件付きの逢瀬なんてまっぴらごめんだ
慾情なんてものは捩じ切ったつもりでも
おンなじ面ひっさげて
つきまとう金太郎飴かと存じます
今日のところはお引き取り願えますか?
言い放ちドアをロックした
午後になって宅配便で
薔薇の苗が届けられた
煮て食おうが焼いて食おうが
あなた次第とでも言いたいのか
品種名も生育方も記してない
そのくせ
花はとっくに匂い始めている
私はますます私の殻に
閉じこもるほかなかった
(全文)
薔薇が好きで、庭でたくさん育てていた。薔薇の垣根、薔薇のアーチ。全てがそうなのか、わからないけれど、私の薔薇は白く清楚な品種ほどよく匂った。いつの間にかほとんど枯れてしまって、今では何の香りもしない木香薔薇だけが残っている。
橘しのぶ第二詩集『しなやかな暗殺者』
梓書院1999年3月20日発行
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