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一瀉千里『逃げない』 

 孔雀船vol.103を拝受しました。掲載詩の中で、今の私の心に1番寄り添ってくれた作品を紹介します。作者は福山市在住の一瀉千里(いっしゃちさと)さん。ベレー帽のよく似合う温和な女性詩人です。


逃げない

縁側に座り 秋風に吹かれて
ぼんやりと 庭や空を眺めていると
シオカラトンボが
二つ飛んでくる 
クルクル回りながら 鬼ごっこしてるような
私がじっと座っていても
近寄ってきて いつまでも
逃げない
(あれは父と母なのか)

外の 水道のところに来れば
末の植木に 糸トンボ
かすかに かすかに じっとしている
(あれは 犬のチロちゃんか)

今年の夏は 暑すぎた
人間は疲弊する
黄色いモンシロチョウや
アゲハチョウが
優雅に舞う
すすみゆく秋の中で
成長しすぎたクリスマスホーリーの歯の上に
二ミリのかたつむりの赤ちゃんが
生まれていたね
──知っていた?
  かたつむりはね 殻をつくるために
  セメントを食べなければならないのよ
どおりで雨の降る日には
駐車場の道路の上に 十数匹のかたつむり 
出現

誰も 逃げない
こんなにも 近くにいるのに
私は じっと眺めている
命の世界で 命を確認している

池では 薄紫色の ホテイアオイの花が
満開だ
             (全文)

晩夏の風景に重ねて、失われた命、生まれたての命、今を盛りの命が描かれる。(文字で綴った1枚の水彩画だと、私は感じた)いずれの命に対しても、作者の眼差しは温かい。ずいぶん昔、きのゆりさんの詩に「やさしさたすやさしさたすやさしさはなあに?こたえはゆうき」というフレーズがあった。一瀉さんの詩にも、決して「逃げない」勇気が在る。そしてそれは、優しさに裏打ちされている。


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