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『影踏み』仁田昭子 詩誌『くり屋』102号より

影踏み
               仁田昭子

(始めるか!)   (おう!)
かけ声と共に老若男女入り乱れて
月夜の影踏み
(やっ)と影踏んで見上げると
居るはずのヒトが居ない
ヒトにぶつかって下見れば影が無い
もつれ合い だまし合い
たわいない遊びのようでなかなか

吾に影有りやと振り返り 
逃げたがる影を引き戻す  
生きる望みの綱を離してなるものかと

混沌の夜をはしゃぎまわる子等の向こうに
傾いていく月
老いゆく者らの影は
有るようで無いようで

(月はまた昇る)とつぶやけば 
(そうとは限らないよ)と影がつぶやく

              (全文)

 『くり屋』は、木村恭子さんの個人詩誌で、仁田さんはゲスト詩人。お二人とも、私にとっては敬愛する詩の先輩で、かつて同人誌をご一緒させていただいたこともある。今回の『影踏み』は、ふっと、心に寄り添ってくれる詩だった。
 影踏みしているのは、生きているものとそうでないものか。若い頃は、生きているのが当たり前と思って、「死」に対して漠然とした恐怖感があった。しかし今は、カーテンをひいて窓を開けたら、それがそこに在るような、親近感さえ覚える。こういう心境になったのは、私自身が年老いたせいもあるけれど、相次いで愛猫を亡くした経験によるところが大きい。猫は死んで火葬したが、今でも確かにその子たちの気配を感じることがある。仁田さんは、私よりも年長でいらっしゃるから、親しかったご友人との死別も経験なさっているかもしれない。そういう人たちと童心に帰って影踏み遊びをしている光景が、影絵のように泛ぶ。いつのまにか読者であるわたしも、そこに混じって、この世のものではないものの影を追いかけている。

詩誌『くり屋』102号 令和6年3月1日発行

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